Inside Asian GamingはIRの夢を見ている横浜市が 2021年に直面している主な話題を徹底解剖する。
IRを運営するには申し分ない環境を持ち、誘致を表明した際には、それまで大阪に関心を寄せていたIR事業者達を一斉に惹きつけ連れ去った人口376万人の街、横浜。その横浜市でもついにIR事業者公募が始まったが、順風満帆というわけではない。ここに来て、いままでの優位性がひっくり返る、否、全てがご破産となる可能性が顕在化してきた。
横浜市は東京都心部から30分圏内。人口は市区町村別で全国一位の約376万人(2020年)を擁し、実質市内総生産(GDP)は13.2兆円にも及ぶ巨大都市。だが、それで安泰というわけでは無い。
横浜市は、広報動画「横浜の輝く未来のために〜横浜イノベーションIR」の中で、同市が「超高齢・人口減少社会」へと突入したとの認識を示し、2065年には生産年齢人口が73万人減少し現在の3分の2となる162万人に、老年人口は15万人増加し108万人になると予測している。上場企業数と法人市民税に関しては、東京都をはじめ、大阪市や名古屋市と比べても少なく、「市民1人当たりの予算」も少ない状況にあると説明している。
同市はこの危機的状況をひっくり返す起爆剤、そして持続的な経済成長へと繋げるためにIR誘致を目指し歩んできた。今年1月には設置・運営事業者の公募も開始され、夏頃には1者が選定される。2022年5月以降に晴れて国から認定を受ければ2020年代後半にIRを開業する予定だ。だが、このスケジュール上に大きな分岐点をもたらすのが、2021年8月29日に任期満了を迎える横浜市長選だ。
IR誘致の采配を握るのは自治体の長。横浜市の場合は横浜市長である林文子市長だ。もちろん最終的に誘致を決定するには市議会での議決が必要となるが、もしIR誘致反対派の市長が誕生すれば、IRが誘致されることは無くなる。今回の市長選はタイミング的に夏頃とされている事業者選定の直前か直後であり、市と事業者との基本協定締結の僅かに前である。
横浜市ではここ最近、IR反対派による運動が非常に活発であり、その流れの中、カジノ反対を掲げIR誘致に反対する現職の太田正孝市議(75)(立憲民主党)が横浜市長選に名乗りを上げた。太田市議は1月15日の記者会見で、「私が横浜市長になったら即日カジノはなくなります。簡単に言えばカジノはやらないです」と述べている。
IAGの電話取材の中で同氏は「IRが儲かるというのはわかっている。だが、カジノには反対だ。博打で金を儲けるということを国が一部のエリアに認めてその中なら良いと言う。これは昔の赤線 (1946年から1958年の売春防止法施行までの間、半ば公認で売春が行われていた地帯)と同じじゃないか」と持論を展開した。
「では、20兆円産業とも言われるパチンコは国に合法(換金は違法)とされ横浜市にも多々あるが、それはどうなのか?」と問うと、「パチンコも基本的にはダメだと思う」と太田氏は言う。
横浜市は経済的難局を打破するためにIR誘致を選択したが、それをやめるとなると、代わりの政策が必要となる。同氏はIR候補地の山下ふ頭に海浜リゾートやロボットなどの先端技術開発研究拠点を作るとしている。また米軍基地の跡地開発や、市職員の再任用廃止なども訴えているが、IRによる経済波及効果には到底及ばないだろう。
一方、IR推進派である現職の林市長は、市長選への態度は明らかにしていない。林市長は現在3期目だが、横浜市の条例には、「市長は連続して3期を超えて在任しないように努めるものとする」とある。これについて前出の太田氏は「これには法的拘束力は無い。私は林さんに出馬してもらいたいと思っている」と述べた。
もし、太田市議に限らず、IR誘致に反対する候補が当選し市長になったらどうなるのか。横浜のスケジュールでいくとRFPが終了する直前、もしくは直後となる。基本協定を締結する前ではあるが、莫大な時間とコストをかけ続けてRFPに参加している事業者にとっては大事件であろう。
この場合、事業者側に対し、何らかの補償の義務などがあるのかを横浜市のIR推進課に尋ねてみると、「特に決められてはいません。RFPにかかる負担に関しては事業者持ちとなっています」とのことであった。 また、タイミングについては「市長選が先か事業者選定が先かはわかりません。それぞれまた別の話ですから」と同課は話す。
ここで1つ重要な問題が出てくる。横浜市には世界的大手のIR事業者が集中して手を挙げている。一方、同じ大都市圏の大阪府・市はMGMリゾーツのグループのみという状況だ。もし、8月以降、横浜市が脱落したならば、世界有数のIR企業群の行き場が時間的に無くなるということだ。巨大企業同士の競争環境が失われ、その中の誰一人として勝者にならないことは、日本のIRにとって非常に痛手であると言わざるを得ない。
しかしながら、これは住民の民意を尊重するという点において必要不可欠なプロセスであり、民主主義の根幹でもある。事業者側も当然、十分承知の上だろうが、気が気ではないであろう。
さらには、東京都が7月4日の都議会選挙後に出てくるのではないかという話も耳にする。江田憲司衆院議員(立憲民主党)が2月9日に出した質問主意書の中に「都議選後、東京都がお台場を予定地にIR誘致を表明するという方向で準備が進んでいると聞くが、政府として関連した動き、情報を把握しているか」 との質問があったが、現時点ではまだここまでの段階だ。
横浜IR実現までの残り時間はわずかだ。だが長く険しい波乱含みの道のりになると言えよう。