サンズ・チャイナは、巨額の投資を行い、サンズコタイセントラルをザ・ロンドナー・マカオへと変身させた。その新たな施設は2月に第1フェーズをオープンさせている。今回Inside Asian Gamingは、ザ・ロンドナーを深く掘り下げ、その成功の見込みについて考察する。
世界中から喝采を受けた2007年のザ・ベネチアン・マカオのオープン、そして2016年のザ・パリジャン・マカオのオープンとは全く異なる雰囲気の中、サンズ・チャイナのマカオ最新統合型リゾート『ザ・ロンドナー・マカオ』が2月、比較的少ない人数のスタッフや地元の業界関係者が見守る中、静かにオープンした。
新型コロナウイルス感染症が海外旅行に今なお影響を与えていること、そして言うまでもなく、創業者であるシェルドン・アデルソン会長兼CEOがつい4週間前に逝去したこともあり、重苦しいとまでは言わないものの、その雰囲気は確実に控え目なものだった。
しかし、サンズ・チャイナと米親会社であるラスベガス・サンズは、ザ・ロンドナー・マカオがこの先ずっと最も明るく輝き、その前身であるサンズコタイセントラル(SCC)の残念な業績を、コタイストリップの同業者たちと同じくらい目も眩むほどの高さにまで引き上げてくれると大きな期待を寄せている。
20億米ドル近い費用をかけたザ・ロンドナーは、サンズ・チャイナが手がけるマカオのテーマリゾートとしては3つ目で、特に中国人観光客に訴えかけるよう設計された明らかなイギリス風の特徴を持つ。ここ数年、中国国内および海外で行われた調査から、に中国人旅行者の間で、最も人気の高い旅行先はフランス、イタリア、そしてイギリスであることが分かっており、最初の2箇所はすでにサンズのパリジャンとベネチアンによってカバーされている。
「ブランディングの観点からいうと、ザ・ロンドナーは理にかな っている。なぜなら、彼らはテーマのある世界を創造しているからだ」と、元サンズ・チャイナのマーケティング部門エグゼクティブバイスプレジデントで、最近ではギャラクシーエンターテインメントグル ープの最高マーケティング責任者を務めた経験を持つ独立系コンサルタント兼顧問のケビン・クレイトン氏は説明する。
「彼らはすでにベネチアをテーマにした世界、パリをテーマにした世界を持っている。そして次はロンドナーだ。パリジャンが検討されていた2010年頃、少しリサーチを行ったサンズにとって、かなり早い段階からテーマに沿った目的地としてロンドンは上位につけていた。
間違いなく、最も成功するリゾートというのは、中国でも他のアジア地域でも、定期的にシャッターチャンスを提供してくれるような場所だ。それは、テーマを重視したリゾートか、もしくは継続的にリゾート活性化に資金を投じて、目玉のアトラクションとして常に新しく新鮮なものがあるようにするかのどちらかを意味する。
リゾート全体にいくつものシャッターチャンスがあるという点で、サンズはそれを活かしているのに加えて、これら3つの世界が相互につながりあっている。これも重要な要素だと思う。3つの世界を簡単に行き来することができ、それぞれが少しずつ異なる性質を持っている。つまりは1つの目的地に複数の世界があるということになる」。
サンズコタイセントラルのザ・ロンドナー・マカオへの改造は、決して容易なものではなかった。2月8日にオープンした第1フェーズには、600室のスイートを持つ新たな『ロンドナーホテル(元ホリデイ・イン マカオ)』が含まれており、75㎡から113㎡の広さを持つスタンダードスイートが、サンズ・チャイナが提供するプレミアムホテルのレベルを一段上へと引き上げている。そして大きな注目を集めているのが14室ある『スイート・バイ・デビッド・ベッカム』だ。
サンズによると、ロンドナーホテルの最上部2フロアに作られたスイート・バイ・デビッド・ベッカムは、113㎡から298㎡までの広さがあり、ここでしか味わえない高級体験を提供する。デビッド・ベッカム氏自身がロンドンのインテリアデザイン事務所トップのデビッド・コリンズ・スタジオとのコラボレーションでデザインしている。
他に第1弾のオープンに含まれていたのが『クリスタル・パレス』と呼ばれるメインロビーで、伝統的なビクトリア様式で作られた33メートルの高さのガラスと鉄でできたアトリウムと最大の目玉となる実物大のシャフツベリー記念噴水などを持つ。クリスタル・パレスでは、1日を通じて定期的にロンドンのバッキンガム宮殿の有名アトラクションを模した「衛兵交代式」が行われる。
新たな飲食店には、中国北部料理の『North Palace』、ビクトリア時代の伝統的なフードホールを反映したと言われる、朝食では世界の料理を、ランチやディナーでは終日地中海料理を提供する『Churchill’s Table』などがあり、セントレジスバーも再オープンしている。
それらに続いて近くオープンするのが高級タイ料理レストランバーの『The Mews』、そして有名シェフがメニューを企画した本格英国ガストロパブの『Gordon Ramsay Pub & Grill』。
2021年末までに、ザ・ロンドナー・マカオには新たに6,000人収容の多目的アリーナ『ロンドナー・アリーナ』、150以上の高級店が軒を連ねる拡張された『Shoppes at Londoner』の小売スペース、以前はセントレジス・タワースイートだった370室の住居型全スイ ートホテル『ロンドナー・コート』が完成する予定で、国会議事堂やビッグ・ベンなどイギリスを象徴するいくつかの建物が細部に至るまで忠実に再現される。
これはその価格に見合った巨大計画だ。そこでこのような疑問が生まれてくる。ザ・ロンドナー・マカオは巨額投資の価値があるのか?
長年ラスベガス・サンズの社長兼COOを務め、1月にアデルソン氏に代わって会長兼CEOに就任したロブ・ゴールドスタイン氏がそう考えているのは確かだ。
同氏は、昨年の20年第3四半期決算発表の中でアナリストたちに向けてこのように話した。「サンズコタイセントラルは長年あったし、素晴らしい商品ではなかった。期待通りにはいかなかった」。
期待通りにはいかなかったものの、サンズコタイセントラルはなおも、総EBITDAで見れば、ギャラクシー・マカオ、ザ・ベネチアン・マカオそしてシティー オブ ドリームスに続いてマカオで4位という成功したIRで、19年第4四半期の調整後プロパティEBITDAは1億8,000万米ドル、純収益は5億500万米ドルにのぼった。
クレイトン氏は、「サンズコタイセントラルはオープンから大体8年ほどだが、2019年には毎四半期約50億香港ドルもの収益、そして15億香港ドルものEBITDAを生み出していたというのはまぎれもない事実だ。
商品をアップグレードして施設をリブランドするという戦略は正しいと思う。しかし、同施設はすでに好調な業績をあげていたし、ザ・パリジャンを大きく上回っていた(パリジャンの19年第4四半期調整後プロパティEBITDAは1億2,200万米ドル、純収益は4億100万米ドルで、マカオのIRの中では7番目、両方ともにウィン施設に次ぐ順位だった)。
ザ・ロンドナーには20億米ドル近い費用がかかっており、それまでにSCCに行なってきた投資に加えて今回の投資に対する利益も求められることになる。ゆえに、サンズにとって課題となるのが、どのようにしてこれらテーマ世界を自分たちにとって本当に機能させるのか?ということだ」と語る。
サンズコタイセントラルが他に及ばなかった部分がゲーミングフロアだった。2019年度、マステーブルGGR(ゲーミング粗収益)とスロットマシン収益の両方ではマカオの全カジノの中で4位につけていたものの、VIP部門ではかなり遅れを取り、14位。GGR合計では7位、そしてコタイストリップで営業する中では最下位だった。
しかしながら突き詰めると、この20億米ドルをかけたザ・ロンドナー・マカオへの改造は、実際にはホテル客室の上に成り立っている。
2000年代後半、アデルソン氏が大成功を収めたザ・ベネチアン・マカオのオープンを祝っていたのと同じ頃、サンズコタイセントラルは、マカオがアジアのコンベンション中心地になるために進むべき道として描かれた。それはまさにサンズが米ラスベガスでしてきたのと同じように、そしてマリーナベイ・サンズを通じてシンガポールで今後していく予定であったのと同じように。
しかし、ホテル客室数が深刻なまでに不足していたことが大きな問題となった。自身でさらに6,000室の客室を開発するという財務上のリスクを全て負うことを嫌がったアデルソン氏は、負担を一部担う代わりに、複数の世界的ホテルブランドを誘致する計画を立てた。それらブランドはマカオの高い客室稼働率と宿泊単価のおかげで、その分け前を手に入れ、サンズはカジノ営業に集中することができるということだ。
考え方としては、出張客に複数のグレードからホテルを選べる選択肢を与えるためであり、トレーダース・ホテルとの初期の協議が失敗に終わった後、最終的に参加が決まったのはイン
ターコンチネンタルホテルで、シェラトン、コンラッド、セントレジスそして4つ星のホリデイ・インという世界的に有名な4つのブランドを連れてきた。
それから2017年に早送りすると、サンズ・チャイナはジレンマに直面していた。その2年前、同社は中国本土のマス層をターゲットにした4つ星のザ・パリジャン・マカオをオープンした。しかし、その直後に、本当に必要なのはお隣のベネチアンで毎週のように売り切れている高級のスイートであることが明らかになった。彼らは単純に、ますますに拡大するプレミアムマス区分の需要に追いつくことができなかった。
その対応として、サンズは2億5,000万米ドルを費やして、600室の客室を300室のスイートに変え、完成した商品を2018年後半に発売した。さらにサンズが、コタイストリップをたった数百メートル先へ進んだ場所でほぼ同じような問題に直面していることがたちどころに明らかになった。プレミアムホテルの客室数が不足していたこと、そしてサンズコタイセントラルがハイエンド客を呼び込めなかったことが、最終的にザ・ロンドナー・マカオ、そしてホリデイ・インの1,200室の客室が600室のスイートへと改装されたロンドナ ーホテル、そして370室のスイートを加えたロンドナーコートという2つの中核施設の登場へとつながった。
IRコンサルタントを専門とするマレー・インターナショナル・グル ープの創業者兼会長で、ザ・ベネチアン・マカオの事業開発部元バイスプレジデントのナイル・マレー氏はこのように説明する。
「それが在庫を引き上げ、よりハイエンドの商品を流通に戻す方法だ。
サンズコタイセントラルをザ・ロンドナーへと変えたメリットとは?サンズコタイセントラルを見れば分かる。あれはブランドではなかった、魅力的なブランドではなかった。単なる国際ホテルチェ ーンの寄せ集めだった。特徴がなく、来たいと思わせる理由になるものが何もなかった。
しかし、彼らは、ザ・ロンドナー・マカオが中国人の注目を集め、よくあるショッピングモール体験ではなく、そこにしかない体験を提供できると信じている。
彼らはより経済的なブランドを捨て、独自のハイエンドブランドに変えた。市場の他の場所、そして他の会社が何をしているかを見回してみると、これが施設に再び競争力を与えてくれるということが分かる」。
香港とマカオを拠点にするゲーミング・IRコンサルタント会社2NT8のアリダード・タッシュ代表は、パリやベネチア同様、ロンドンは、昔のサンズコタイセントラル内で場違いに感じられたポリネシア調のテーマとは異なり、中国人客にとって分かりやすい場所だと話す。
タッシュ氏はこのように説明する。「あれは中国人にとって、パリやベネチアとは異なり、全く魅力的なものではなかった。ロンドナ ーに変えることで、彼らは中国人が一般的に行きたいと思うヨーロッパで最も人気のある3つの観光地を提供できるようになる。
これで、ベネチア、パリ、ポリネシアではなく、ベネチア、パリ、ロンドンに行けるようになる」。
タッシュ氏は、財務的にも合点が行くと付け加え、より良い施設というのは客室単価の上昇と全体的な収益の増加を意味すると指摘した。
「1泊1部屋あたり追加で120香港ドル(約1,670円)を請求できる。それは大した額ではないが、客室稼働率が85%だが、2億2,000万香港ドル以上(約31億円)の追加のホテル年間収益を生み出すことになる。そこに飲食費、その他様々な消費が加わる。客が増え、需要が高まり、モールの家賃が上昇する。そしてカジノでの様々な消費が生まれる。だから、4、5年での投資回収というのは、非現実的な期待ではないと思う」。
クレイトン氏によると、ザ・ロンドナー・マカオが成功するか失敗するかは結局のところ、ブランド構築に尽きるという。サンズは、ライバルであるギャラクシー・マカオのリッツカールトンやマリオット、またはザ・ベネチアン・マカオの隣に位置し、最近世界最大の全スイートホテル(649室あるスイートの中で最も広いものは455㎡)へと改装するために自社でのアップグレードを終えたフォーシーズンズと同じ高品質というイメージを作り出すことができるのだろうか?
リッツカールトンやマリオットのようなブランドは、その世界的な知名度から中国人には非常に質の高いブランドとして認知されている。
ブランド戦略としてのザ・ロンドナーは良いものである一方で、彼らはそれをプレミアム商品として確実に位置づける必要があり、そのブランドを中国に根付かせていかなければならない。この施設には、世界的に認知された他の一部のホテルブランドのような知名度がない。
サンズは非常に大きな成功を収める会社で、ザ・ベネチアン・マカオには非常に成功している施設がある。しかし、もし彼らがサンズコタイセントラルはこれまで期待以下の成績しか収められていないと考えているならば、ザ・ロンドナーはどうしても市場を上回る必要性があるということになる。
皮肉にも、現在彼らのポートフォリオの中で、行なってきた投資に対するリターンが期待以下となっている商品があるとすれば、それはザ・パリジャンである可能性が高い。ザ・ベネチアンは確実にこれまで良い成績を収めている。だから問題は、パリジャンであろうがロンドナーであろうが、2つ目のテーマ型商品が実際のところ、ザ・ベネチアンと同じくらい良い成績を収めることができるのかということになる。