新たに発表された「IR基本方針案」によれば、自治体から国への申請期間は9カ月先延ばしされ、スタートラインは遠ざかった。果たして北海道IRの復活の可能性はあるのか。IAGが探ってみた。
昨年11月、準備不足を理由に区域認定の申請を見送った北海道。あれから1年が経った。2019年11月29日は、地方型IRにおいてポテンシャル№1とみられていた北海道が国への区域認定への申請を見送った日だ。このとき、鈴木直道知事は道議会で「IR誘致に挑戦したいとの思いに至ったこともあった」としつつ、熟慮の結果「今回の区域認定への申請は見送る」と表明。 事実上IR誘致レースから撤退した。
その際の大きな理由に挙げられていたのが調査までに2~3年かかるとされた環境アセスメント。候補地の苫小牧・植苗地区は新千歳空港(千歳市)に近く広大な用地も確保できていたが、鈴木知事は「候補地は希少な動植物が生息する可能性が高く、限られた時間で環境への適切な配慮は不可能」と判断した。
その一方で、知事は開業時の投資額が2,800億円~3,800億円、施設全体の年間売り上げが1,600億と試算されたIR効果を認識。過疎化などで先細りしていく北海道経済を鑑み「地域経済、社会に大きなインパクトを与え、持続的な発展に寄与するプロジェクトだ。来るべきときに挑戦できるよう、所要の準備をしっかりと進める」とも述べ、将来的な含みを持たせてもいた。
IR汚職とコロナ禍のダブルパンチ
だが、その後にまさかの新型コロナウイルスの感染拡大や汚職事件の表舞台になったことの影響をまともに受け、IR整備計画は停滞したままだ。それは何も北海道に限ったことではなく、すべての自治体に言えることでもあったが、北海道がIRレースから完全に脱落したとみる識者も少なくなかった。
国は成長戦略の目玉のひとつとしてIR整備を推し進めてきた。インバウンド客の増加による経済効果や税収増が見込めるという触れ込みは、あながちミスリードではなかったが、コロナ禍では、その大前提が崩れてしまったと言っても過言ではないだろう。実際、現実問題として優先課題ではなくなっている。
申請期間延長にも進展はなかったが…
そんな中、申請主体となる北海道の鈴木知事は沈黙を続けて来たが、10月16日の定例会見でIRについて久々に言及。新たに設けられた国の基本方針案の中で国への申請期間が9カ月先延ばしになったことについて「道としては新たな基本方針案の内容を精査し、苫小牧市と連携しながら候補地の特定に向け、幅広く検討する」と報告。
今後についても「北海道らしいIRへチャレンジする姿勢は変わっていない」と話していた。
これを聞き流す関係者も少なくなかったが、実際のところ、苫小牧市と北海道は再チャレンジするスタンスを崩すことなく、IRについてそれぞれの立場で課題に立ち向かい、協議を重ねてきた。その結果、無念の申請断念からほぼ1年後の11月末になって事態はドラスチックに動いた。

以前Inside Asian Gamingが伝えたように、申請に向け、障害のひとつとなっていた環境アセスメントの問題について北海道から一定の理解を得られたのだ。これにより、苫小牧市は誘致活動を積極的に進める方針を固め、定例議会でも道側との協議内容が報告された。
市の担当者は「IR誘致をする場合の特定地として北海道と考えが一致し、植苗地区とする承認を得た。誘致へ向け、前進したと捉えている」と期待感を口にした。
苫小牧市の努力が実を結ぶ
誘致へ向けた動きが進展したのは丁寧に課題に取り組んだ苫小牧市の努力が実を結んだものだ。地元紙によると、市が6月に公表した環境影響調査報告書は、新千歳空港に近く、自然豊かな植苗地区の調査エリア約900haについて対策を講じれば「少なくても100ha程度の事業用地を確保できる」と結論付けた。
天然記念物のオオタカを含む猛禽類については2018年3月と7月に繁殖に関する調査を行い、事業実施に際しては追加調査が必要と指摘していた。
環境省の「猛禽類保護の進め方(改訂版)」では、オオタカの保全措置の検討には、直近に繁殖した事実がある営巣場所を2営巣期調査することが望ましいとされている。関係者によると、土地所有者は今年5~8月、オオタカの行動圏調査を追加で実施し「2営巣期」の要件が満たされた。
市は一連の環境調査結果や有識者の意見、国の方針などを踏まえ、道と協議。道側も「動植物に対する影響の回避、低減の可能性がある」と判断した。
開発候補地は、新千歳空港から車で10分圏内に位置する希少猛禽類の営巣中心域を避けた約100haになる。
事業者公募に当たっては今後、道が策定する実施方針に自主的な環境対策を講じることや「開発面積は50ha未満の整備」とい った要件を盛り込む方向性も確認。 提案事業者にはより詳細な環境調査を求めるとしている。
再びスタートラインに
苫小牧市にとっては何よりの朗報になった。

現在はIRに関する予算編成は組まれておらず、港をはじめとした街の活性化重視のスタンスを取っているが、これまでにIRについて十分シミュレーションしており、準備不足になることはないだろう。
そもそも、苫小牧市では2014年にIR誘致へチャレンジするとし、市長選がスタート。岩倉博文市長が勝利した。2017年には新たに国際リゾート戦略室も設置され、海外IR運営会社も「ハードロック」をはじめ「ラッシュストリート」「クレアベスト」「モヒガン」と市役所近くのメインストリートに相次いで事務所を構えた。
それだけに、昨年11月の撤退時に市長は「残念としか言いようがない。知事の判断については率直に『どうしてなのか』という思いがある」と悔しさをにじませたものだ。
しかし、あれから1年。いま、再びスタートラインに立とうとしている。
北海道IRの今後は
今回、環境問題がクリアされたことで北海道IRは息を吹き返すのだろうか。現地のIR事情に詳しい専門家の一人は「環境アセスメントについてはクリアされる問題だと思っていた」と話し、今後について以下の見解を述べた。 「人口減少、雇用対策といった地方の抱える問題を解決する手段のひとつとして誘致へ向かうのであれば、何より大切なのは住民のコンセンサスを得ることでしょう。
コロナ第3波のいま、誘致レースに参加することは非現実的だが、国への申請期間が延びたことは北海道にとってはプラスです。いずれにしろ、北海道IRが将来できるかどうかは、観光地として、このコロナ禍を乗り越えられるかどうか。安全対策ができているという実績が何よりも必要。誘致レースへの参加はその先です」
同じ地方型IRを目指す和歌山、長崎の関係者に最も恐れられている北海道。コロナ禍で先行きは見通せないが、再びIRレースに参加する可能性は否定できない。