デジタルの未来に目を向けると、新型コロナの世界的パンデミックによりIR事業者がエンターテイメントを提供する方法を多様化する必要性が高まっていることが浮き彫りになった。
世界的なパンデミックが起こる以前から、従来のIRビジネスモデルは持続的に実行可能であること、またデジタル経済の発展に追いつくために変革が必要であった。過去18カ月間で起こった出来事により、各ビジネスセクターにおけるデジタルサービス提供に対応するという極めて重要な変化が加速してきている。

ロックダウン期間中の営業停止、全体的な客足減少、また直接対面してのマーケティングも制限されたことにより、IR業界が従来の事業スタイルによる収入源に過度に依存していたことが浮き彫りとなった。事業活動の多様化の一つとして、新たにデジタルセクターへ向かうと共に、顧客エンゲージメントの代替チャンネルが必要であることが明確となった。
IRモデル自身がターニングポイントを迎えている。オフライン (ランドベースカジノなど)向けの事業形式は新たなストラクチャ ーへ変化する準備がされており、その新たなストラクチャーではIR事業者はエンターテイメントプラットフォームプロバイダーとなり、顧客の旅行体験をオンラインとオフライン共にサービスを提供する。
成功の秘訣は、エンターテイメントとコンテンツを構築する戦略的パートナーと共に選ばれた、デジタルと物理的な対応それぞれの利点を上手く組み合わせたプラットフォームエコシステムを築くことである。それらのターゲット業種として、リモートゲーミング、オンラインスポーツベッティング、カジノリゾート、そしてこれらの市場でエンターテイメントを提供する者が含まれる。全てのゲーミング及びエンターテイメントに対するニーズに応え、プラットフォーム全体から既存の顧客ベースにクロスセリングの機会を最大化し、そして、顧客がいつどこにいても常にウ ォレットとプラットフォームへの粘着性のシェアを高められる、直接顧客(所謂エンドユーザー)向けサービスを提供する位置に事業者は立っている。
IRモデルの再定義
現在の事業環境は変化へのきっかけとなっている。中国語の危机 (日本語で言う危機)という字は「不安定」と「変化点」の意味から形成されている。全ての危機には、変化が伴う。過去18カ月間で消費者行動は明らかにデジタルの方向にシフトしてきている。

リテール、教育、金融や管理など他業種では実行可能であったオンラインプレゼンス(オンラインの世界での存在感拡大)への移行に関しては、IR事業者にとっては機能面、規制の枠組みの面で難しくなっていた。これらの課題に直面し、オンデマンド体験とオンラインの可用性が主流となっている今日のエンターテイメントの世界では、IRモデルにて再評価する必要があった。
「リゾートのみ」に特化したサービスに関連する問題点を認識し、ビジネスを価値連鎖全体にまたがるエンターテイメントプラットフォームへ変換し、ゲーミング及びノンゲーミング両方のエンターテイメント需要向けに自宅とリゾートのどちらにいる顧客にもサービスを提供するところに解決が見出せる。多くの事業者が新たなエンターテイメントプラットフォームを活用して顧客にサービスを提供する為に、デジタル機能への投資や、デジタル化に向けて新たな買収・統合や提携をすることでビジネスポートフォリオを拡充を行っている。
“施設内”テクノロジーの転換点
運営の観点から既存施設でのサービス提供のデジタル化は、顧客の好みや嗜好を追究し、より広範囲で迅速なサービス提供するにあたっては最も重要である。その第一歩として、リゾート専用携帯アプリを利用して、実際のカジノテーブルでのプレイ状況をライブストリーミング(生配信)することで顧客が部屋、レストラン、またプールなど、どこにいてもプレイを継続できるという選択肢を増やす。テクノロジーの進化と配信技術の向上により、カスタマイズ機能、インターフェース言語、テーブルリミット(テーブルでの賭け金設定)やお気に入りのディーラーとのやり取りなどが可能になる。
ライブストリーミング(生配信)ソリューションは、特にローリミット(低い賭け金)のテーブルで参加人数を増加させる可能性がある。これらのデジタルサービス提供オプションは、若く、またデジタル形式のエンターテイメントに慣れ親しんでいる世代を惹きつけるために特に必要である。これらの世代、「Z世代」の消費者は、デジタルコンテンツとインスタントプレイ選択を期待しており、これらのサービスは、実施設からの
ライブストリーミングソリューションにより提供可能となる。
従来、事業者は指定されたエリア内でのゲーミングライセンスが付与されており、イカサマ、マネーロンダリング、未成年者の入場を厳しく監視するためのインフラを備えてきた。現在、オンラインIDチェックと顔認証技術の形により、KYC(本人確認)と年齢確認をリモートで確実に行う技術が存在している。これらの多くのオンライン上コンプライアンスツールはオンラインカジノ業界では規制当局による要求を満たすべく、事業者によって採用されており、またIR事業者にとっても施設内での携帯アプリとストリーミングチャンネルサービスを立ち上げるに採用を検討する余地がある。
施設内オンラインカジノがカジノ収益に影響するという懸念については根拠がない。理由としては、第一に、カジノゲームのセグメント化、オンライン携帯アプリでのみ利用できる新しいゲーミングコンセプトやカジノフロアにあるカジノマシーンのコンセプト導入の可能性がある。
第二に、オンラインでのユーザー体験と実際の対面での体験では大きく異なっている。携帯では顧客の様々な嗜好に対応し、実施設での顧客の体験・感情とは全く違っており、実際のカジノフロアに取って代わるようなものではない。音楽コンサートの生配信と実際のコンサート参加を見て分かるように2つの方法は完全に補完的であり、観客がどこにいてもブランドとの関わりと繋がりを長く保つ為に連携している。
IR事業者が次世代デジタルCRMソリューションズ向け携帯アプリの展開を開始している。リゾートワールド・ラスベガスでは、6月のオープン時にキャッシュレスでのカジノ参加とリゾートサービスアプリを始動した。加えて、生配信とアプリ上でのベッティング(賭け)を行う機能を追加することは当然の流れであり、関連するライセンス承認を待つだけとなるであろう。

リモートゲーミングの可能性
モバイルゲーミングの明らかな利点は、顧客が施設内にいる場合でも、自宅にいる場合であっても、事業者が顧客と関わりを持つことができるところである。しかしながら、事業者と顧客が異なる管轄地域にいる場合で、デジタルプラットフォームを介して越境ギャンブルを防止するには規制また各管轄での壁は多くある。米国規制当局はペンシルベニア州、ニュージャージー州、デラウェア州、ウェストバージニア州、ミシガン州でもオンラインカジノを法制化し、また最近ネバダゲーミング規制当局ではIR事業者がオンラインカジノを将来的に提供する為の能力や個人がモバイルベッティングアカウントへの登録に必要な要件の変更について、2021年5月に公聴会を開催するなど、オンラインカジノの潜在的メリットについての認識を高めている。
アジアにおいては、フィリピンのゲーミング規制当局であるPAGCORがフィリピン国外の外国人向けにオンラインカジノを提供するオフショアゲーミング事業者のライセンスを取得しており、また昨年にはフィリピン国内のプレイヤーにもオンラインカジノを提供する初のオンラインカジノライセンスを発行している。最初のライセンスは2020年12月に、新たなリモートゲーミングプラットフォーム「InPlay」を提供するDFFNのインタラクティブ・エンターテイメント・ソリューションズテクノロジー(Inter-Ac-tive Entertainment Solutions Technologies Incorporated)に付与され、そのサービスはランドベースのシステムの拡張であり、施設の外からもリモートで参加することを可能にした。但し、この機能は厳格な資格、本人確認及び登録要件を満たし、施設内での資金デポジット及び引出しが行えるVIPプレイヤーに限られている。
同時にオカダマニラの事業者であるタイガーリゾート レジャ ー アンド エンターテイメント インクがオンラインテーブル及びマシンゲームを提供するライセンスを2021年4月に取得している。このことにより、オカダマニラはエンターテイメントシティー内でオンラインカジノを提供する最初のIR事業者となり、フィリピン国内の他の事業者も、このビジネスモデルの後に続いていくであろう。確かに、同じ顧客ターゲット層にランドベースとオンラインのサービス提供を切り換えることにより、旅行制限や対面営業が難しい現在のような予測ができない状況の場合において、ビジネスと収益予想に安定感を与える。
フィリピンではオンラインカジノの法制化がされているが、マカオについては現在導入するか否かを検討している段階である。2020年4月、マカオの賀一誠行政長官は、ゲーミングセクタ ーの経済的多様化の一つの可能性としてオンラインカジノを検討し、またオンラインカジノを承認する事での公共政策への影響を含め検討していると繰り返し述べている。
ビジネスモデルの多様化-スポーツベッティングとデジタルゲーミング企業の買収
規制上の考慮事項により、IR事業者がオンラインカジノ事業への展開を拡大する可能性について示してきたが、IRの資産構成のデジタル多様化に向けた戦略的な動きは、スポーツベッテ ィングとオンラインカジノビジネスの買収に向いている。コアビジネス間の相乗効果については、同じ顧客層からのシェアを、共通のユーザーベースから増やす為に、ゲーミングサービスによるクロスマーケティングの可能性を引き出すという観点から明らかである。したがって、スポーツベッティングとその他のギャンブル部門の追加は、IR事業者がより完全なゲーミングサービスを顧客に提供し、同じプラットフォームに顧客を引き留めることを可能にするのである。
上記のような効果を目的として、シーザーズエンターテイメントは2021年4月に英国のスポーツブックメーカーであるウィリアム ヒル PLCを買収し、その後、ウィリアム ヒルのメンバーは大成功を収めているシーザーズ・リワードのロイヤリティプログラムに参加することができ、シーザーズのランドベース及びオンラインで認められるステータスを獲得することができるようになっている。同時に、シーザーズのメンバーは、シーザーズ(預けている資金)を通してスポーツベッティングとオンラインカジノを利用できるメリットがある。また最近シーザーズは、スポーツベッティング取引サービスを提供するプロフエット(Prophet)とも契約を締結し、2021年NFLとカレッジフットボールのシーズン前にニ ュージャージー州でプロフェットのP2Pスポーツベッティングネ ットワークbetprophet.coを利用できるようになった。
2020年11月にバリー(Bally)がスポーツベッティングテクノロジー企業のベット・ワークス(Bet.Works)を買収、またMGMリゾーツは今年1月に話がとん挫したがスポーツベッティングやオンラインカジノグループであるエンテエィン(Entain)の買収を試みたことなどから分かるように他のIR事業者にとっての利点についても失われてはいない。IR事業者がパートナーとして検討できる事業者の数には限りがある為、IGTプレイスポーツ (IGT PlaySports’)がリゾートワールド・ラスベガスと、ウィンベット・ライブス(WynnBET Live’s)が、サイエンティフィックゲームスと提携してるなど、スポーツベッティング企業、スポーツベッティングプラットフォームやキオスクの施設内導入を検討する事業者がいる事を示している。

デジタルの多様化に向けての更なる戦略は、B2Bマーケットで事業展開をしているデジタルゲーミング企業の買収である。ラスベガス・サンズは先月、経営部門においてデジタルゲーミングテクノロジー開発への運用投資に特化したデジタルゲーミング投資チームを設立したことを発表した。オンラインチャンネルへのサービス内容の大きな転換により、今後大幅な成長が見込まれる分野である。
マカオでのスポーツベッティング市場
アジアに話を戻すと、マカオのスポーツベッティングは1998年以来、サッカーとバスケットボールのオンラインまた券売場でのスポーツベッティング・コンセッションと独占権をマカオ・スロット(Macau Slot Co Ltd)が握ってきた。しかし、2021年6月のマカオ・スロットのコンセッション更新の際には期限を3年間の2024年までとし、独占権は付与されなかった。この展開はマカオのスポーツベッティング市場に新たな事業者が参入し、ライセンスを獲得する機会を与えた形になる。
マカオにいる既存のIR事業者がマカオでの事業活動とエンターテイメントプラットフォームの範囲を拡大しようとしているところから、スポーツベッティング市場への関心が拡がっているのかもしれない。マカオが将来的により高いレベルのプロスポ ーツイベントを開催することを目指していることを考えると、ラスベガスのカジノのスポーツブック市場は確かに見習うには魅力的なモデルである。
統合されたエンターテイメントプラットフォーム
IR事業者が統合されたエンターテイメントプラットフォームへの移行を成功させるのに更に必要な要素とは、市場に出回 っているエンターテイメント要素とパートナーシップである。これらの要素は主にブランド構築と顧客エンゲージメントツールとして機能し、特に中国のようなオンショアマーケティングが禁止されている市場では特に重要になってくる。これらの状況を鑑みたうえで、最近メルコは中国のデベロッパーであるアジャイル・グループホールディングスと提携し、中国中山市に住居、エンターテイメント、そしてホスピタリティを複合した40億人民元 (約672億円)の複合施設の建設を発表した。この新しい複合施設にはホテル、ショッピングセンターとテーマパークがあり、それらは重要な供給市場で戦略的な存在感を示し、IR事業者の終端までのエンターテイメントプラットフォームに必要不可欠な構成要素である。
現在のように海外旅行が制限されている状況下では、ブランド認知度と消費者エンゲージメント向けデジタルコンテンツと知識を開発し、市場を先導するレジャー及びエンターテイメント企業とのジョイントベンチャーや提携が今後増えていくであろう。
IR事業者がビジネスモデルを見直し、新しいレジャー経済に対応するべく必要なデジタル資産とエンターテイメント資産を獲得しようとするのに効果的な統合は、サービス提供と収益創出へのプラットフォームベースにおけるアプローチの潜在的可能性を最大限に引き出すことが最も重要である。新たなデジタルゲーミングとエンターテイメントストリームへの参入には、知識と分野での経験が必須ではあるが、IRモデルの成功は常に 「統合する能力」にかかっており、それは、業界の事業者が習得なければならない課題でもある。
