地域の規制機関および事業者が、キャッシュレスカード技術導入の合意に達する中、キャッシュレス決済ソリューションにおける発展と、それがなぜIR業界にとって、より法を遵守した責任ある未来へとつながるのかについて考察する。
2020年、世界経済はキャッシュレス方式による決済取引数で過去最高を記録した。中国では、モバイル決済が全取引の84%を占め、米国では全決済の72%が現金以外で行なわれた。
キャッシュレス決済とデジタルウォレットは、決済チャネルとして消費者取引においてトップを走っており、より迅速かつフリクションレス(摩擦のない)な支払いソリューションを提供し、全体的な顧客体験を向上させている。常連客が日常生活において、モバイル決済やE-ウォレット(電子マネー決済)を利用することに慣れつつある中、現在、カジノ業界において、キャッシュレス決済の利用や受け入れが限定的であることは、IR業界の将来の収益を生み出す原動力にマイナスである可能性がある。これは特に、テクノロジーに精通した若い世代の顧客に関係しており、彼らはすべてのカスタマーサービスおよびオペレーションにデジタルファーストのアプローチを求めている。
イノベーションの活用
IRセクターは、これまで、業界のための技術発展の利用に対応してきた。TITO(チケットイン/チケットアウト)システムを初めて導入したのは20年近くも前で、コイン無しのスロットマシンは常連客にとっての利便性を高め、カジノ運営者にとっては運用コストの削減、盗難や紛失のリスクの軽減につながった。その後、電子カジノゲーミングシステムにおけるカードベース技術の台頭が続いた。これは特に金額情報を保存し、プレイヤーのアクティビティと評価を追跡し、メンバーシップリワードを表示するマイクロプロセッサとチ ップ技術を内蔵した電子カードの間で機能強化につながった。
モバイル技術の出現により、次世代のキャッシュレスゲーミング技術が登場している。これが、既存の電子カードシステムを、デジタルの同等システムによって効果的にアップデートする。ゲーミングテクノロジー企業は、APIとして顧客のスマートフォン端末にダウンロード可能な安全なログイン機能付きデジタルウォレットを開発してきた。デジタルウォレットは、プレイヤーのカジノ/ロイヤリティ会員アカウントにつながっており、スマートフォン端末のAPIを通じて、送金、ベッティング、換金などの機能をデジタル化する。プレイヤーは自分のスマートフォンにあるデジタルウォレットAPIを使用し、スロットマシン、テーブルゲーム、スポーツくじをプレイすることができ、場合によってはリゾート内のゲーミング以外の商品購入などでも利用可能だ。
資金は、カジノ両替所またはキオスク端末での現地でのチャージ、または銀行やクレジットカード口座から直接送金可能な外部決済方法を通じた最新の方法でデジタルウォレットに送金できる。
実用上&方針上のメリット
顧客の観点から見ると、デジタルウォレットは、待機時間、順番待ち、現金支払いに伴う不便さを減らすことによって、継ぎ目のない決済体験を提供してくれる。特にパンデミックの後で、物理的な金銭の受け渡しや人の交流を通じた感染リスクに関する公衆衛生上の懸念に対処するのに役立つのが、キャッシュレス決済や非接触ソリューションだ。
これらのデジタルウォレットはまた、責任あるゲーミングのための重要なツールも提示している。デジタルウォレットアカウントを通じてプレイヤーを特定・追跡するという固有の能力を考えると、この技術は、自発的な禁止の実施、またはデジタルウォレットでの消費限度額の設定によってギャンブル依存症などの問題を抱える客を助ける方向に向くことが可能だ。また、デジタルウォレットの決済記録によって、事業者はカジノ内での金の流れをより詳しくリアルタイムで監視でき、怪しい取引を検知し、はるかに短い時間での報告要件を満たすことができる。
ゲーミング機器製造事業者協会(Association of Gaming Equipment Manufacturers:AGEM)は、これらの方針上の理由から、キャッシュレス決済技術の採用を支持している。「当協会は総じてこの傾向を支持している。というのも、規制されたこの業界は他の業界に遅れをとっていると考えており、メリットが大きすぎてこれ以上遅れることはできない。これらのメリットには確実に、責任あるゲーミングの問題、そして、すべての現金世界から離れることで事業者側の効率が明らかに向上することなどが含まれる」。AGEM のエグゼクティブディレクター、マーカス・プラーター氏はそう語る。
キャッシュレス決済の発展に対する業界全体のアプローチは、最近IGTとサイエンティフィック・ゲームズの間で結ばれたクロスライセンス特許に関する契約に反映されている。この取り決めによって、両社は、業界の事業者たちに、二社合わせたカジノ管理システムポートフォリオから特許付きのキャッシュレスゲーミング技術を提供することができるようになる。
規制機関:承認への道筋
規制された業界で営業する中では、新たな電子ゲーミング機器やシステムの採用には、規制の承認と相応の技術基準の遵守が求められる。
その第一歩として、技術基準は、規制当局が満足するレベルの技術システムの公平性、セキュリティ、信頼性、完全性を示している。カジノでのキャッシュレスシステムのために、ゲーミング・ラボラトリーズ・インターナショナルl(GLI)がカード式キャッシュレスシステム『GLI-16』用の包括的な、法域に依存しない技術基準を開発してきた。しかしながら、規制機関はこれまで一般的に、特定の方針、社会または法的検討事項を考慮することができる法域固有の技術基準の採用を好んできた。
ネバダ州ゲーミング管理委員会は、一日当たりの電子送金上限やクレジットカードからの資金移動への制限といった法域固有の要件を定めたキャッシュレスベッティングシステムに関する独自の技術基準を発表している。マカオ市場では、EGMテクニカル・スタンダード・バージョン1.10がゲーミングマシンに適用されるが、その基準はTITOシステムのみに言及しており、他の形式のキャッシュレスゲーミングはまだ考慮されていない。将来、マカオのDICJが、キ ャッシュレスシステムがマカオで動作する状況に合わせた基準を適用しようとする可能性は高い。
マカオでのさらなる規制上の検討事項というのが、金融システム法の範囲だ。この法律は、マカオ金融管理局(AMCM)がマカオの全ての金融および信用機関を監督することを認めている。キャッシュレスゲーミングシステムの事業者が同法の下で信用機関の要件を発動させるのか、またはAMCMからの追加承認もしくは法改正が必要になるかどうかは不明だ。
この目的に向けて、マカオの行政長官は、迫りくる中国のデジタル人民元の開始に備えるため、すでにマカオの法律を改正し、将来マカオでデジタル通貨の使用が許可されるようにするという政府の方針を明かしている。同時に、2022年6月に期限切れとなるマカオのゲーミングコンセッション公開再入札の前の2021年下半期には、現行のマカオのゲーミング法の法的見直しが行われる予定だ。どちらの展開も、現在の法的枠組みが改正され、マカオのIRにおける将来の営業でデジタルキャッシュレス技術及びシステムの使用を認めるという機会の方向を向いている。
二つ目に、規制機関は、コンセッション保有者/ライセンス保有者の内部統制要件を義務付けている。これらは、カジノ営業の整合性と効率、財務報告の信頼性、そして適用法の遵守に焦点を当てている。キャッシュレスゲーミングシステムに関して、ネバダ州ゲ ーミング管理委員会の最低限準拠すべき内部統制の基準(Mini-mum Internal Control Standards:MICS)が、主要リスクはプレイヤーの身元確認、アカウントのセキュリティ、そして適時の取引照合であることを明らかにした。MICSは、キャッシュレス口座への、または口座からの資金移動の管理を規定し、事業者に対して、送金を区別して監査を円滑にするために、EGMへの全ての資金送金に単一の銀行口座を使用することを求めている。
マカオでは、DICJが2005年に、コンセッション保有6社に対して、最低限準拠すべき内部統制の要件(Minimum Internal Control Requirements:MICR) を出している。しかしながら、キャッシュレスゲーミングは、その意図がコンセッション保有者に事業のこの分野での独自のリスク評価の実施、そして提案した内部統制をDICJのレビューのために提出することを義務付けるためであったため、MICRの範囲からは明確に除外された。したがって、キャッシュレスゲーミング技術の導入のための評価および影響緩和措置はマカオのコンセッション保有者によって実施される。
オーストラリアのビクトリア州やニューサウスウェールズ州とい った別の法域の多くの規制機関が同様のアプローチを取っている。カジノライセンス保有者には、新技術導入を求める際、リスクアセスメントを実施し、内部統制についての提案を行うことが求められている。5月、ニューサウスウェールズ州独立酒類・ゲーミング局が、IR事業者のクラウンおよびスター・エンターテイメント・グル ープと、個人の身元情報および公認金融機関にリンクされたキャ ッシュレスカード技術の導入に関して合意に達したことを発表した。
先ほど強調した通り、キャッシュレスゲーミングシステムは、身元確認とアクティビティ追跡のためにプレイヤーのデータを捉えるものであり、ゆえにデータ保護法およびデータプライバシー規制機関ののガイダンスに厳密に準拠する必要がある。テクノロジーベンダーにとっては、自社のシステムおよび製品デザインに内蔵されたプライバシー保護のためのセーフガードと同様、プライバシーコンプライアンス認定が、規制機関と顧客に示すための人気のルートにますますなりつつある。
受け入れに向けた教育
規制機関の新テクノロジーに対する見通しは急速に進化しており、コロナ禍で起こったことによって加速している。ネバダ州ゲーミング管理委員会は、接触の少ないキャッシュレスプレイのために安全なデジタルウォレットへの送金を可能にするACS PlayOnの、そしてそれとは別にIGTのキャッシュレスベッティングシステムを承認した。アリストクラート・テクノロジーズと提携したボイド・ゲーミングとなどの他メーカーでは、キャッシュレス決済技術が実験段階に入っており、規制機関からの承認を待っている。
これらの成功例は、それぞれの地域でのキャッシュレスゲーミング技術導入に向けて、その調査に着手ている他の法域の規制機関にとって重要な参考例となる可能性がある。多くの場合、規制機関からの支持というものは、これらデジタルシステムが提供できる社会上および方針上のメリットを深く理解することを通じて育まれるのかもしれない。この目的のために、米国ゲーミング協会は、2020年6月に カジノ環境でのデジタル決済を可能にする柔軟な規制枠組みに向けて、州および部族系規制機関を教育するための決済近代化政策原則(Payments Modernization Policy Principles)を発表した 。
キャッシュレスデジタルの未来
新しいキャッシュレス決済システムの実用上の、そして方針上のメリットが、短期間での導入の正当性を強く裏付ける。IR業界は、ギャンブル依存症問題やマネーロンダリングの対策に明らかに役立つであろう新技術を採用する責任があるかもしれない。さらに、顧客の視点から見てデジタル化が必要だ。IR業界は将来に備え、デジタル方式のエンターテイメントのみを楽しむテクノロジー主導の若い世代を惹き付けていかなければならない。
キャッシュレスゲーミング技術は、IR業界に適切なツールとリソ ースを備えさせ、ターゲットとなる顧客市場へのアピールに重要な役割を果たす。