最近の証券会社のレポートが、中国の新しいデジタル人民元を受け入れることによってマカオ市場が享受する潜在的なメリットを明らかにした。『All-In Digital』という連続記事の第一回の中で、MdME Lawyersがデジタル人民元をさらに深く掘り下げ、IR業界関係者がこの新しい機会をどう活用できるかにスポットライトを当てる。
デジタル人民元」として知られる中国政府の人民元デジタル通貨・電子決済(Digital Currency Electronic Payment)システムは、中国人民銀行(PBOC)が発行するデジタル版人民元。正確に言うと、デジタル人民元はソブリン通貨であり、人民元と1:1で交換可能。
つまり、デジタル人民元は人民元の価値に固定された法定通貨となる。
デジタル人民元は、従来の銀行システムを通じて配布される予定で、それによって完全に一元管理され、消費者取引で使用するための商業小売システムに統合されている。実際、中国政府の長期的な目標は、流通しているすべての物理的な人民元紙幣と硬貨を最終的にはデジタル人民元に置き換えることだ。
デジタル人民元の重要な機能の1つが、PBOCによって管理される中央集権型台帳だ。これにより、PBOCはすべてのデジタル人民元決済を電子的に記録および追跡できるようになり、国内外の両方での人民元のキャッシュフローを完全に監視できるようになる。
消費者の観点からは、デジタル人民元はeウォレット(電子財布)を介して機能し、デジタル人民元はe-ウォレット内で電子トークンという形で表示される。ユーザーは、スマートフォンにPBOC(およびPBOCによって承認された外部銀行)が提供するデジタル人民元eウォレットアプリをダウンロードし、デジタル人民元トークンをPBOCから直接、または他の指定された商業銀行から購入することができる。
ユーザーのデジタル人民元eウォレットは、同ユーザーの銀行口座に直接紐づけられ、そこからお金をデジタル人民元トークンに変換し、デジタル人民元eウォレットに送金することができる。eウォレットの支払い機能には、QRコード/バーコードスキャンによる決済やP2P(ピアツーピア)送金などが含まれる。
これらのeウォレットはNFC技術上で実行されるため、取引を処理するためにインターネットに接続する必要がない。
クロスボーダー決済および支出への道を開く
では、この新しいデジタル人民元は、マカオのように伝統的に中国人訪問者が多い市場にとっては何を意味するのだろうか?1月に資産運用会社のサンフォード C バーンスタインが発表した近況調査レポートによると、マカオパタカや香港ドルと並んでデジタル人民元が(例えば、実際の人民元が現在実質的に受け入れられているのと同じように)マカオで通貨として受け入れられるようになれば、訪マカオ中国人旅客の資金の可用性を促進し、外貨両替や関連費用の必要性を排除してくれる。最終的に、これがマスやプレミアムマス層の全体的な消費支出を増加させる可能性がある。これらの区分はまさに、新型コロナの世界的な感染拡大が始まって以降、客足が落ち込み、最も大きな影響を受けた区分だ。
政策の観点から見ると、中国政府は、中国人民元の国際化戦略の一環としてデジタル人民元が海外で受け入れられるようにしていく意向を示している。これはまた、人民元を準備金および国際貿易決済の主要通貨にさせるという動きの一環でもある。
この目的のために、2月、PBOCは、国際銀行間の送金や決済に利用される安全なネットワーク等を提供する非営利法人SWIFTとの新しい合弁事業を登記した。これは、海外送金および振込のための国際銀行システムにデジタル人民元を統合する方法を示す可能性がある。PBOCはまた、ブロックチェーン技術上でリアルタイムの国際外貨両替決済のプロセスを作り出す国際決済銀行主導のクロスボーダー決済実験プロジェクトにも参加することが報じられている。香港金融管理局やタイ銀行、そしてUAE中央銀行などはすでにこのプロジェクトに参加している。
バーンスタインの報告が強調しているように、国際化の重要な側面に、通貨の自由な流れと資本管理の削減または撤廃がある。中央集権型台帳を介したデジタル人民元取引固有のトレーサビリティを考えると、PBOCによる人民元のキャッシュフローの完全な監視は、将来、正式な越境資本管理の緩和を促進する可能性がある。
国際送金を促進することによって生まれる副次的効果の1つに、ジャンケットなどの仲介サービスの需要が大幅に減少するというものがある。バーンスタインのレポートは、結果として生じる同市場への影響を予測した形となる。
デジタル人民元の受け入れは、マカオのマスレジ ャー産業の回復に弾みをつける刺激剤となり得るのか?
デジタル人民元の採用は確かに、IR業界の現在の決済手順を変革し、その仕組みをデジタル時代へと持ち込む可能性を秘めている。顧客の観点から見ると、デジタル決済は最適な取引手段であり、効率改善、時間節約、そして衛生的な金銭支払いを可能にする。
顧客の需要を満たすために、将来的には、ケージ(両替所)からデジタル人民元でカジノチップを支払う、またはプレイヤーのデジタルアカウントにデジタル人民元でクレジットを直接送金するとい った選択肢を期待できるかもしれない。明らかに、そのような開発には、マネーロンダリング防止とテロ資金供与対策、監査、責任あるゲーミングなどの基準を守るために、規制当局からの承認が必要になるだろう。
それに向けて、追跡可能なデジタル決済のこれらの新機能が実際に、公共政策の目標を前進させ、改善を促し、それによって規制当局の支援を得るという状況を目にする可能性がある。
デジタル人民元はいつスタートするのか?
デジタル人民元の実証実験は2020年5月以降、オフラインおよびオンラインでの決済、商店、国営企業、銀行などを巻き込んで中国全土のさまざまな都市で実施されている。中国の主要都市の大半が、自治体の2021年実行計画にデジタル人民元開発イニシアチブを組み込んでいる。最新のフェーズでは、ウェアラブルデバイス、超薄型カードウォレット、生体認証ハードウェアウォレット、時計、ブレスレットを用いたデジタル人民元決済の実験が行われた。
デジタル人民元の海外での試用はまだ発表されていないものの、2022年に行われる北京冬季オリンピックにやって来る外国人訪問者が、同イベント中にデジタル人民元を使用できるようにするための準備が進んでおり、北京冬季オリンピックの頃にはデジタル人民元の適用範囲がさらに拡大される。
デジタル化の利点
中国人顧客がeウォレットにデジタル人民元を入れてマカオを訪れ始める時というのが、事業者にとってはデジタル人民元決済とビジネスおよび営業モデルとを同期させる大きなインセンティブとなるだろう。重要なポイントとして、デジタル人民元への転換の主な利点は、IRビジネス全体のキャッシュフローと決済のリアルタイムでの監視が強化されるということだ。
この新しいデータストリームと社内事業システムとをうまく統合した事業者は、自分たちの事業分析と洞察力に大変革をもたらし、収益性を高めることができる。同様に、コンプライアンスの観点から、デジタル人民元取引は偽造や詐欺のリスクを減らし、報告目的の取引分析の効率性を高めることができる。またデジタル人民元決済が、責任あるゲーミングプログラムの実施をサポートする新しいメカニズムを提供してくれる可能性もある。
実用的な観点から、レジ係、支払い端末、銀行設備、会計業務など、従来現金を多用するビジネス領域は、デジタル人民元決済用に再考する必要があるだろう。事業者は、このチャンスを捉えることで、自社の製品を真に近代化し、テクノロジー主導の若い世代にアピールすることができる。その結果、セキュリティ基準とプロトコルの需要と焦点は、オフラインからオンラインのサイバーセキュリティ、ITインフラストラクチャ、およびデータホスティングへと必然的にシフトすることが予想される。
これに対応して、データプライバシーとデータ保護対策の強化が、顧客との信頼を構築し、事業者のサービスを競合他社から差別化する上で重要な役割を果たす。
準備レース
デジタル人民元の開始が迫る中、準備段階で戦略と運用を変革するプロセスをすでに始めているIR関係者は、市場で有利なスタートを切ることができる。デジタル人民元の導入は、マスおよびプレミアムマスセグメントの支出を促進すると予測されているため、早い段階で採用した事業者が優位性を獲得し、この高マージンセクターで市場シェアを獲得する可能性が高いと思われる。