シンガポールのIR産業が10年を迎える中、マリーナベイ・サンズの社長兼CEOのジョージ・タナシェビッチ氏が、なぜその象徴的な施設が世界で最も大きな利益を生むIRになったのかを解説する。
55階建ての三棟のタワーと世界で最も有名な屋上プールを持つマリーナベイ・サンズ(MBS)はシンガポールのアイコンであり、ラスベガス・サンズ(LVS)のポートフォリオの中で最も大きな利益を生み出す施設、業界のフラ ッグシップ、そして世界中の都市からの羨望の的になっている。
MBSのジョージ・タナシェビッチ社長兼CEOは、ライセンス入札から関わり、現在は2,500室を超える客室と12万㎡のコンベンションセンター、そして1万5,000人収容のアリーナとさらにもう一つの屋上プールが加わることになる33億米ドルの拡張計画を監督している。
MBSが4月に10年を迎える中、LVSの国際開発ディレクターとして日本IR参入の取り組みの陣頭指揮も取るタナシェビッチ氏が、IAGの総編集長であるムハンマド・コーエンとのインタビューの中で過去と未来について語る。(インタビューは新型コロナウィルスの流行が地域観光に影響を与える前に行われた)
ムハンマド・コーエン: なぜマリーナベイ・サンズはこれほどの成功を収めることができたのでしょう?
ジョージ・タナシェビッチ: シンガポールにとって適切な時期、適切なものだったということです。我々は明確な指示を与えられ、達成するべき目的と目標、同時にやるべきことがはっきりと示されました。彼らがこの特定の場所で達成したいと願っていたことは、我 々が開拓してきたMICEとエンターテイメントに焦点を当てるビジネスモデルとほぼ一致しています。
(建築家)モシェ・サフディ氏がこの場所にぴったりの素晴らしいデザインを提案してくれました。別の場所の政府を含む、観光客、メディア、その他世界中の人々の注意を引き、想像をかき立てるデザインです。我々は、この施設に含まれるカテゴリーの全てを通じて、市場にある最高水準でマリーナベイ・サンズをプログラムするよう全力を尽くしています。
統合型リゾートでは、膨大な量の計画、戦略作りを行い、可能な限りの最高をプログラムし、そうしてやっとオープンできます。そしてお客様からの声を聞き始め、基本的にまた振り出しに戻ります。というのも、お客様や観光客の好みは常に変化するからです。お客様の一歩先を行き続け、課題を予測し、ミスを修正する、そしてシンガポール用に設計・プログラムされた統合型リゾートを組み立てるということにおいて我々はいい仕事をしてきたと思います。政府やシンガポールの人々が観光および労働市場における経済目標を達成する手助けができるよう位置づけてきました。
ですので、我々はこのプロジェクトを開発する機会を持てたことを非常に幸運に感じており、政府、特にシンガポール観光庁やカジノ規制庁と高いレベルで協力及び協調できたことを感謝しています。
MC: シンガポールという場所が果たす役割は?
GT: まず第一に、中心街という立地で、360度どこからでも見え、しばしば世界最大の国際空港と呼ばれる空港から20分の場所にありますので、その機会というのは実際かなり魅力的でした。CBDエリアの端に位置しており、MICEビジネスが当社のビジネスモデルの基本要素であることを考えると非常に便利です。
当社の世界における存在感と、業界内の立ち位置および評判によって、我々は非常に強力なつながりを持っているために、一流の小売店、一流のエンターテイメントイベント、文化的要素、その他様々な一流を持ちこむことができます。
MC: シンガポールが地球上で最も豊かな場所の1つであることが役立っているということですね。
GT: 高級統合型リゾートを持つにはうってつけの高級マーケットです。ただし、シンガポールは非常に裕福で成功している国ではありますが、全員が、特定の文脈の中、「クレイジー・リッチ!」(のような小説/映画)で描かれている人たちのように裕福なわけではありません。結果として、我々にはコミュニティにお返しして、あまり恵まれていない人たちに焦点を当てる手段を見つける義務があります。
人気施設「MARQUEE」
MC: アジアの他の事業者たちが、非ゲーミング部門で苦戦する中、MBSはどのようにその分野で非常に多くの利益を生み出しているのですか?
GT: 施設全体を見てもらえば、我々が可能な限り最も魅力ある非ゲーミング要素を盛り込んで設計していることが分かると思います。ショッピングモールを歩けば、我々が持つ素晴らしいブランドのラインナップを見ることができます。店舗は非常に面白い空間に設置されており、我々は絶えず、ラインナップを改善する方法を模索しています。この絶え間ない改善への努力が我々をここまで連れてきてくれました。常に、シアターで上演できる新しいエンターテイメントオプションを探しています。もしかすると我々が期待していたほどのレベルでは成功していないスペースを埋めるための新しいチャンスを探し、他の用途へと変えたりします。
マリーナベイ・サンズは当初、2つのブロードウェイスタイルのシアターと共にオープンしました。時間の経過とともに、恐らく1つのスペースだけで、シアターの上演内容を完全に組み込むことができるかもしれないということに気が付きました。ですので、政府に出向いて行って、もう一つのシアターを別の形式のエンターテイメントの用途に変更する許可申請を行いました。それがナイトクラブ、高級バーそしてレストランだったのです。これはスペースをより有効に使うためであり、より大きな観光のアピールになると政府を説得することができました。それは大きな一歩で、高い費用が伴う試みでした。しかし、我々は施設をより強化し、我々がオープンする前にはここシンガポールに、そしてアジアにさえ存在していなか ったもの、(ナイトクラブの)MARQUEE、(ラウンジの)AVENUE、そして(モダン日本料理店の)KOMAを加えました。
MC: その一方で、ゲーミングはIRの経済的エンジンとしてどれくらい重要ですか?
GT: 非常に重要です。当社の収益の70%から75%を生み出しており、それによって我々はリターンが低い、また時にはマイナスのリタ ーンを持つような施設の費用を負担、または単に非常に高くつくもののための費用を捻出することができるのです。例えば、マリーナベイ・サンズで目玉となっている建築ですが、ああいったものを設計し建設するのは非常に高くつきます。世界にスカイパークがたった一つしかないのには理由があるのです。
(ゲーミングは)リターン率が低い博物館やエンターテイメント性のあるものへの投資を可能にさせてくれます。そしてもしかすると独立採算では説明のつかないようなものへの投資も。しかし、それらを統合型リゾートのフォーマットの中でパッケージ化すれば、施設の全体的な魅力が増すので、大いに説明がつくのです。カジノのパフォーマンスの強さによって、我々はそういった種類の要素への投資が可能になる位置に立ち、幅広いアトラクションや設備を提供できます。そしてそれがシンガポールへの観光、そしてマリーナベイ・サンズへの観光の促進に役立つのです。
MC: しかしながら、ゲーミング粗収益を増やすことは難しいことが分かりました。
GT: 事業開始からずっと、かなり安定しています。シンガポールには常にこの種の安定があったことを嬉しく思います。
時間の経過とともに、顧客像や顧客ミックスは変化してきましたが、カジノ運営を行う当社の社員たちは、ビジネスのその部分に貢献してくれる強力かつ信頼できる顧客を継続して呼び込むこむことに非常に長けています。
MC: MBSでジャンケットプロモーターを持たないことの影響は?
GT: マリーナベイ・サンズは、財政的な観点から見て世界で最も成功している統合型リゾートとして評価されています。適切な方法で顧客と直接取引することができており、非常に強固なビジネスを確立しています。ですので、我々にとって重大なハンディキャップにはなっていません。
世間一般の見方
MC: なぜここではMICEが他に類を見ないほど成功しているのですか?
GT: シンガポールはすでにMICEイベントを行うのに素晴らしい場所として世界的に知られていました。我々が来る前、ここには非常に立派な施設がありました。しかし、政府の考えは、これはかなり先見の明があったと言えますが、すでにこの分野で力があるとは言え、さらに強化することができるというものでした。また、彼らは、イベント主催者やそれらイベントに参加する出席者にとって最も魅力的なMICEスペースとは、周りに全てがそろっており全てが便利だということから、統合型リゾートの中にあるMICEスペースだということに気が付きました。ですので、我々はこの市場に適していると思ったものを設計しました。
当社会長のシェルドン・アデルソンは、別の事業分野で40年以上MICE業界におりましたので、彼の指導とビジョンによって、我々は非常に評判の良いMICE施設を作り上げることができました。そしてその評判の良さのせいでスペースが足りなくなっています。その流れで我々は、MICE施設の拡張を含むマリーナベイ・サンズの拡張の機会があると考え、幸運なことにその機会を与えられたのです。ここでのMICEビジネスをこれほど強力にすることができたのは、当社社員と、ビジネスモデルの強さのおかげです。
MC: 拡張についてお伺いします。
GT: オープン以来、ホテルの年間稼働率は94%から99%の間で推移しています。それは、我々が満たせるよりも大きな客室への需要があるという合図です。ですので、900から1,000室を持つホテルタワーを建てる予定をしています。
毎年、既存のスペースで70ほどの展示会を行っており、これ以上はできない状態です。ですので、展示スペースの拡張が必要になります。同様に、ボールルームにも高い需要があり、我々は入ってくる仕事の全てを受けることができていません。ですので、拡張計画には大規模なボールルームが入っています。
エンターテイメントに関しては、ボールルームまたは屋外のイベントプラザのどちらかを利用して現在ここで上演できる音楽イベントは最大でおよそ5,000人の規模です。もっとやりたいのですが、それを無駄なくできるようにしたいのです。売らなければならないチケットがあまりに多い場合、費用をカバーするのは大変です。シンガポールにある別の選択肢がインドア・スタジアムです。しかし、その会場ではその種のイベントのチケットは9千か1万枚しか売れません。そしてそのインドア・スタジアムはプログラムが詰まっていて、プロモーターは空いている日を確保するのが難しくなっています。
ですので、我々は1万5,000人以上を収容できるアリーナを建設しようとしているのです。それによって、我々はより多くのツアー公演などを呼び込む機会を得られ、当社施設内でさらに一層素晴らしい内容のエンターテイメントイベントを開催することができます。そこには、既存のインドア・スタジアムに大きく足りないコーポレート・ホスピタリティの機会もあるでしょう。ですので、それをシンガポ ールに導入できるのを非常に楽しみにしています。
投資家の安心感
MC: これまでシンガポールにとってIRは成功していますか?
GT: 初めに特定した外国人旅客数やここにいる間の消費額の増加といった基本の尺度を見てみると、IRは大きな成功を収めています。また、シンガポールの評判やイメージにも影響を与えたと思います。統合型リゾートは、観光を増加させ、シンガポールの観光地としての認知度高めたことによって、ここにやってきてレストラン、またはその他の種類のエンターテイメント店を開きたい人など、潜在的な投資家たちに安心感を与えてきました。マーケットに幅広く影響を与えてきたと思います。そしてそれはみんなにとって良い影響です。
MC: マイナス面は?
GT: 統合型リゾートとは何なのか、またはしばしばカジノに関連付けられるそのリスク管理を理解する前に一部の人が予想していたマイナス面は、問題ギャンブルの発生率が増加するだろうというものでした。実際はその反対のことが起こりました。統合型リゾートが開業して以来、ギャンブルすることができる人口の比率が減っただけでなく、問題ギャンブルの率も低下しました(2011年の2.6%から2017年は0.9%)。
それは統合型リゾートを検討している全てのマーケットが知るべきことです。市場でエンターテイメントという形でギャンブルの新しい機会を提供することは直感に反するかもしれない一方で、実際はその機会を利用して、問題ギャンブルの率を下げることができるのです、なぜならカジノ業界には問題ギャンブルに対処する最も高度に進化した一連のルール、規則そして法律があり、それが問題を抱えやすい可能性のある人を守るためのセーフガードを提供してくれるのです。別の形のギャンブルはその類のインフラをもたらしません。
MC: 他の法域がMBSやシンガポールのIRの経験から学べることは?
GT: シンガポールは、ケーススタディ、またはベンチマークの役割を果たすことができます。カジノの導入が問題ギャンブルの発生率の低下につながり得るという事実は、他が学ぶべき非常に、非常に重要な知識です。他の地域の政府は、規制の構造がここでどのように確立されてきたのか、時間の経過とともにどのような変更が行われたのか、シンガポールが新しい策を実施する時、それを非常に的を絞った方法でどのように定義し、確実にかつ具体的に認識されている問題に対処するようにしているのかなどを学ぶことができます。そして他の市場は、これがプラスの影響を持てるよう正しくやる方法があると知っているために安心感を得ることができるのです。
マリーナベイ・サンズの経験から我々が学んだことは他に、素晴らしい建築が観光客を引き寄せる、そしてそれ自体が観光の目玉の役割を果たすことができるということです。スマートフォンの出現と、セルフィー人気によって、当社のスカイパークやインフィニティプールのようなものは、実際に強力な魅力となってきました。MBSは世界で最も多くインスタに登場したホテルに認定されており、人 々はマリーナベイ・サンズに来て、別のユニークな建築要素を探すことへの関心をまだ失っていません。建築デザインがこれほど強調されたのは、この業界では本当に初めてのことで、これまで非常に、非常に前向きな反応を受け取っています。
もう一つ最後に学べることがあるとすれば、それは統合型リゾートというフォーマットは、企業の社会的責任を推進し、チャリティ ーを支援できるイベントを開催するための本当に素晴らしい手段だということです。我々は、「サンズ・フォー・シンガポール」という根本的な企業のCSR(社会的責任活動)を確立しました。2013年にスタートし、その時点から今までに2,700万シンガポールドル(約21億円)ほどの寄付金を集めました。
そのはじまりは、慈善活動を行う別の会社にはない2つのものが当社にはあると気づいたことにあります。およそ1万人の従業員ベース、そしてチャリティー活動を支援するイベントを開催できる様々なスペースや会場が多数入る建物があること。これは他にどこを探しても見つかりません。ですので、我々がしたかったことというのは、この市場に参入して、これは今でもしていますが他の慈善活動を支援するために小切手を切るだけでなく、他の会社にはできず我々にはできる貢献方法を見つけるということでした。
MC: (LVS社長の)ロブ・ゴールドスタイン氏は、日本のIRに100億米ドルを投資するという考えに疑問を呈しました。それについてどう思われますか?
GT: 何か投資を考えている、特にそのような大きな投資を検討している時には、常に自分自身に多くの質問を投げ掛けなければなりません。統合型リゾート事業者の視点から見て、日本は非常に、非常に興味深く魅力的な市場です。我々は現地を訪れ、そのチャンスを理解し、それから、政府の担当者、民間セクターそして地域の代表を啓蒙することに何年もの月日を費やしてきました。
これらの機会が展開する可能性のある場所についてもう少し詳しいことが分かった時にこそ、もう少し詳しい調査と計画ができます。主要市場の一つにIRを開発しようとしている場合、業界の至る所で様々な企業が参入コストはいくらになるのかについて話すのをおそらく聞いたことがあると思います。それでもなお日本は、この業界で現在我々が目にしている最も刺激的かつ楽しみな機会です。
MC: 拡張によって、MBSへの投資は100億米ドルに近づいています。
GT: 最初の投資が56億米ドルです。この拡張は、最低でも33億米ドルになります。加えて、長年の間に設備投資の観点からこの施設に16億米ドルを戻し入れました。
ここから取り出すべきメッセージというのは、新しい市場に参入する時、大きな投資を行い、投資を拡大するための新たな機会を探す、そして我々は常に既存の施設に資金を戻して、その施設が新鮮かつ競争力を持っており、確実に顧客に提供できる最高の状態にあるようにしているということです。