10年が過ぎ、シンガポールの統合型リゾートは、非ゲーミングの限界を超える一方で、カジノ収益を取り逃がしている。
リゾートワールド・セントーサ(RWS)が、2010年2月4日に最初のカードを配った瞬間から、シンガポールの統合型リゾートは、世界のゲーミング市場をリードしてきた。RWSとマリーナベイ・サンズ(MBS)は、IRデザインと運営に関する新基準を確立し、親会社のゲンティン・シンガポールとラスベガス・サンズに驚異的な利幅で巨大な利益を届けている。
シンガポールの規制当局は、世界中の法域が学び、模倣する努力をするIR開発と監視のための定石集を書き続けており、カジノゲーミングの導入がどのように問題あるゲーミングを減らせるのかに関する説得力のあるケーススタディを持っている。
シンガポールのIRは、観光地として、そして生活や仕事のための場所としてさえも、その街のイメージを改善させた。会議、ホスピタリティ、買い物そして飲食ですでに有名であった街で、IRは各ジャンルのレベルをさらに一段引き上げた。政府と事業者の間で昨年締結された90億シンガポールドル(約7,240億円)の拡張契約によ って、両IRの特徴的な機能、そしてシンガポールの観光の選択肢が強化される。
これらIRの実力の中で他のライバルを蹴散らせていない唯一の分野が、ゲーミングフロア上にある。2010年の予想ゲーミング粗収益は60億米ドルだった。これまでこの数字を上回ったことは一度もなく、昨年のGGRは50億米ドルあたりだった可能性が高い。ベネチアン・マカオは定期的にマーケットリーダーのMBSを上回り、サンズ・チャイナが持つコタイの4つ全ての施設がそのテーブル当たりの売上に勝っている。(MBSはゲーミング機毎の売上でLVS内でのトップに立っている。)
世界で最も裕福な人々の多くが訪れる地球上で最も裕福な都市の1つであるシンガポールにおいて、ゲーミング粗収益は逃した好機として注目を浴びている。ただしこれは完全に予想の範囲内だった。
クレバナウ・コンサルティングのトップ、アンドリュー・クレバナウ氏はこう語る。「シンガポール政府は長い間、統合型カジノリゾートの導入を世界からの訪問客を増加させるツールとして見てきた。事業者数を2社に制限し、カジノスペース全体の広さに制限を設けることで、政府は数十億ドル規模の独自の施設開発のための資金を持つ超一流の事業者のみを惹き付けることができた。
シンガポール政府は、異なるアプローチでさらに多くのゲーミング収入を生み出し、より多くの税収を得ることはできたのか?答えはイエス。しかし、それは彼らの目標ではなかった。」
観光媒体
通商産業省は、Inside Asian Gamingからの質問に対して書面で回答し、「統合型リゾート(IR)は、シンガポールのレジャー、エンタ ーテイメントそしてMICEの選択肢を広げ、シンガポール観光の魅力を強化すると同時に、地元経済に貢献し、シンガポール人に良い仕事を創り出す大きなスケールの象徴的な生活の場として考えられていた」と述べた。
内務省管轄のカジノ規制庁と共にIRを監視するシンガポール政府観光局を傘下に持つ同省は、このように力説する。「IRは、シンガポールの観光産業を活気づける上で、媒体的な役割を果たしてきた。マリーナベイ・サンズは、マリーナベイを仕事、生活そして遊びのためのダイナミックな地区へと変貌させるための軸となっており、リゾートワールド・セントーサもまた、シンガポールの観光の状況を活性化すること、特にシンガポールの一流アイランドリゾート地としての魅力を強化することにおいて中心的な役割を果たしてきた」
マリーナベイ・サンズはこう言う。「ライオンシティはもう、君の父親、そしてその父親の、シンガポールでもない」この建物はリー・シ ェンロン首相が、2004年にカジノ合法化を提案した際に求めた「Xファクター(未知の要素)」を表現している。街のシンボルとしてのマ ーライオンのお株を奪っているMBSは、シンガポールリバーの上に建つ57階建ての建物で、上に行くにつれて細くなる3つのタワーがスカイパークでつながっている。そして屋上にはセルフィーを取らずにはいられない有名なインフィニティプールがある。
建築家モシェ・サフディ設計の傑作、MBSの内部は、シンガポールのベストヒットアルバムであるだけでなく、それらが超大型かつリマスター版になっている。ショッピングモールには、太陽が照り返し、ライバルたちよりも明るく輝く景色の中、高級ブランドがずらりと並んでいる。昨年、MBSは、ブロードウェイ式シアターと共に、観覧車や3階建てのすべり台を備えたシンガポール最大のナイトクラブ「Marquee(マーキー)」をオープンさせた。また、ウルフギャング・パック、ダニエル・ブールー、和久田哲也、そして地元で大人気のジャスティン・クエックといったセレブリティシェフとともに飲食でも勝負をかけている。(RWSにはジョエル・ロブションがある)。
多くの博物館を有するこの街の中で、アートサイエンス・ミュージアムは、チームラボのデジタルアート集団による常設展示「FU-TURE WORLD」など、キュレーションを新たな高みへと引き上げている。
1枚うわ手のMICE
その中で最高峰に位置するのが(高さではスカイパークに負けるが)、 12万㎡のサンズ エキスポ & コンベンションセンターだ。この街最大の企業イベントスペースで4万5,000人を収容することができる。マリーナベイ・サンズのジョージ・タナシェビッチ社長兼CEOは、「 我々が来る前、ここには非常に強い施設があった。しかし、政府が考えたのは(そしてこれはかなり先見の明があった)、すでにこの分野では強かったとはいえ、さらに強化することができるというものだった」と説明する。
一方で、リゾートワールド・セントーサは、シンガポールが長い間求めていた世界レベルのテーマパーク「ユニバーサルスタジオ」という新しいものをこの街へと持ち込んだ。
ゲンティン・シンガポールの広報担当者はIAGに対して、「RWSは長い間この地域の観光産業でのゲームチェンジャーとして認識されてきた」と話す。昨年は1,900万人がシンガポールを訪れたと予想されており、これは2009年の970万人の倍近い数字になっている。RWSには、ウォーターパーク、水族館、海洋博物館、ショッピング施設、レストラン、会議施設そして6つのホテルもある。
両IRの中心にあるのがカジノだ。単に比喩的にということではなく、文字通りゲーミングフロアが各IRの中に埋め込まれている。
シンガポール国立大学のリー・カーウィー准教授は、「政府はあらゆる手段を尽くしてカジノを隠そうとしてきた」と語る。リー氏の2018年の著書「Las Vegas in Singapore」は、マリーナベイ・サンズの設計が、シンガポールの国全体のゲーミングへの不安をどう反映しているかに注目している。
「我々は、それがカジノではない理由を自分自身に説明し続けている。今でも真実を口にしないよう必死で努力している」
両IRにゲーミング機の追加とカジノ拡張の選択肢を与えるこの最近の拡張契約は、リー氏が予想していたよりも世間からの反応は薄かった。リー氏は、利害関係者たちがまだ慎重さを求めるIRの「暫定的な常態化」があると指摘する「。まだそこには世間を騒がせる重要な問題がある。しかし彼らはそれに触れないように注意している」
アイドリングエンジン
ゲーミングは現在もアジアの全IRの経済的なエンジンだ。MBSに関しては、ゲーミングが収益の70%を占めており、ホテル一泊の宿泊料金が平均475米ドルで稼働率が98%、そしてショッピングモ ールが高い利益を生み出す中でさえ、利益中の割合はゲーミングがやや上回っている。ゲンティン・シンガポールは、売上の約65%をゲーミングから得ているが、利益の内訳は明かしていない。
シンガポールは当初、ゲーミング/非ゲーミングの収益割合を半 々にするよう強く主張していた。ラスベガス・ストリップでは、売上の3分の2が非ゲーミング部門から生まれているが、リー氏はアジアの中でその割合を実現できる場所があるとは考えていない。
「それはまさに、市場の飽和の問題だ」とリー氏は説明する。同氏の「カジノ都市主義」プロジェクトは、シンガポール、マニラそしてマカオでのゲーミングの影響を調査している。ラスベガスがそのレベルの非ゲーミング消費に達した理由は、ゲーミングが飽和水準まで達したからだとリー氏は考えている。「アジアが同様の飽和状態になるまでは、半々に到達することはできない」
IRによるゲーミング売上への依存にもかかわらず、シンガポール当局は、それを抑制することに全力を尽くしたままでいる。カジノ合法化というシンガポールの決断は今でも、政府がこれまで下してきたなかで、最も物議を醸している決断の1つだと複数の関係者が認めている。反対派は、カジノが問題のあるギャンブルやギャンブル依存症を増加させる恐れがあることを中心に議論を展開している。多くの非ゲーミング施設を備えるカジノ複合施設を説明するために、統合型リゾートという新しい用語を創り出すと同時に、シンガポールはゲーミングへの意欲をそぐための想像力溢れる手段を実践している。
切望されていたギャンブル依存症対策審議会(National Council on Problem Gambling)の発足に加えて、当局は、カジノ広告やその他多くの形式のマーケティングを禁止した。しかしIRはその非ゲーミング施設は大々的に宣伝することができる。IRができる前、シンガポールのゲーミングオプションには、競馬、スポーツくじ、宝くじそしてプライベートクラブ内の「ジャックポットルーム」と呼ばれる場所でのスロットマシンさえもが含まれていた。ゲーミングエリアは1万5,000㎡までという上限が設けられ、ゲーミング機の設置可能台数は2,500台に制限されている。
カジノ規制庁は、マカオのジャンケットから申請がこないレベルにまでジャンケットプロモーターへのライセンス要件を厳しくした。RWSは3つの小規模ジャンケットプロモーターと提携し、MBSは1社とも契約していない。従って、これらのIRはVIP客の大多数を自分たちで調達し、何億ドルものプレイヤーの借入を持っている。さらにマカオとは一線を画す中で、シンガポールはカジノ間シャトルバスを禁止している。
金を払って遊ぶ
住民への入場料を初めて考え出したのはシンガポールではない。これは、米国の初期の地方リバー・ボート・カジノの一部で使われていた手法で、江原ランドでは韓国人のみから徴収されていた。
しかし、当局は、責任あるゲーミング政策の中心にそれを据えた。シンガポール国民と永住者は当初、24時間100シンガポールドル( 約8,000円)、または年間2,000シンガポールドルの入場税を支払ってカジノに入場していた。シンガポールの問題ギャンブルの比率は2011年の2.6%から2017年には0.9%にまで低下したにもかかわらず、その税は2019年4月、拡張契約の一環として、1日150シンガポールドル、年間3,000シンガポールドルへと5割も引き上げられた。
責任あるゲーミングの専門家、カリル・フィランダー博士は、シンガポールのゲーミング依存症対策への「配慮を評価」しているが、そのやり方には反対している。
以前、カナダのブリティッシュ・コロンビア・ロッタリー・コーポレ ーションで社会的責任部門のディレクターを務め、現在はワシントン州立大学のホスピタリティビジネスマネージメント学部准教授を務めるフィランダー博士は、「入場料は、利益よりも害を創り出している可能性が高い。なぜならそれによって訪問頻度を減らすのは最も料金に敏感な客だけだからだ。これは、売上のより大きな割合が、問題を抱えるプレイヤーから生まれるになることを意味する」と話す。
フィランダー博士は、入場料が、IRでの買い物やショーまたは食事終わりにカジノを訪れるかもしれないカジュアルプレイヤーたちを遠ざけると強く主張する。国内向けにスポーツくじや宝くじを運営し、カジノよりも大きなゲーミング売上高を持つシンガポール・プールズは、客に対して「ちょっとしたドキドキのためだけにゲ ームをプレイする」よう繰り返して呼びかけており、シンガポールが植民地時代から受け継いできた英国文化を強調している。それでも、ギャンブル依存症対策審議会は、入場税が狙いとしているのは「軽い気持ちの衝動的なギャンブルの防止」であり、まさに「自制「軽い気持ちの衝動的なギャンブルの防止」であり、まさに「自制できない強迫的なギャンブル」とは逆のちょっとしたドキドキである。
当局が市場の上と下の両方の層を締め付ける中で、政治によってシンガポールが今後自国のゲーミングの可能性を最大限発揮することが妨げられる可能性がある。そしてその運命に苦しむ場所はここだけではないだろう。シンガポールの人口構成や訪問客の層を考えると、一部の反対意見はあるものの、ゲーミング収入は逃した好機として浮かび上がる。
ライセンスを勝ち取ったチームの一員だったLVSの元社長、ウィリアム・ワイドナー氏は、MBSについてこう話す。「逃した好機というのは、シンガポールにIRがなかった2010年よりも前の時代のことだ。決して失われたチャンスなどではなく、全ての予想を上回る成功を収めてきた持続可能な好況を意味しており、訪問客にとってだけでなくシンガポール人にとっても同様に、美しくも停滞していたシンガポールのスカイラインを活性化してくれた」 そしてそれこそまさにシンガポールが賭けたものだ。
新しい賭け
昨年4月、シンガポールとその統合型リゾート事業者が拡張計画を発表し、それぞれのIRが初期投資の倍以上となる45億シンガポールドル(約3,600億円)を投資することが決まった。この複占は2030年まで延長され、カジノ税引き上げとゲーミング拡張が明かに後から付け足された。
ゲンティン・シンガポールのリゾートワールド・セントーサは、その床面積をおよそ50%広げ、ユニバーサルスタジオ、そしてシンガポール海洋水族館になるシー・アクアリウムは拡張され、現在のシアターはドベンチャー・ダイニング・プレイハウスへと改装され、シンガポールが掲げるより広範囲の開発計画「Greater Southern Waterfront Strategy」の一環としてその海岸線が整備され、そして最大1,100室を持つ2つの新たなホテルが追加される。今年中の工事開始が予定されている。
ラスベガス・サンズは、マリーナベイ・サンズに1万5,000人収容の屋内アリーナを増築し、新しいタワーには新しい会議エリアと専用の屋上プールを持つ約1,000室のホテルスイートを作る計画をしている。新しいタワーは、現在の3つのタワーと道を挟んで反対側にある、LVSが長い間欲しがっていた3万3,000㎡の土地区画に建てられる。
MBSのジョージ・タナシェビッチ社長兼CEOは「自分たちが手にした成功のせいで、既存のマリーナベイ・サンズで制約に直面した」と語る。タナシェビッチ氏は、30年を迎える シンガポール・インドア・スタジアムの代わりとなるこの新アリーナは、この街をより魅力的な観光地にしてくれると付け加え、市場に「大きく足りていないコーポレートホスピタリティのための機会」も備えていると話す。
カジノ部分に関しては、MBSは2,000㎡のゲーミングエリア、最大1,000台のゲーミングマシンを追加することができる。現時点でそれぞれのIRに許可されているのは1万5,000㎡のゲーミングエリアと2,500台のマシンだ。RWSは、最大500㎡のゲーミングエリアと800台のマシンを追加できる。
政府によると、両IRは追加されるゲーミング施設の全てが、「より上の層、マス以外の層の主に観光客のプレイヤー」を対象にすると話しているという。 当局はまた、事業者たちが許可されているゲ ーミングスペース全てを追加した場合でも、ゲーミングエリアの割合は、3%から2.3%に低下すると強調している。
拡張には資本投資以上のものが必要になる。24時間以内の住民への入場税50%引き上げ加えて、ゲーミング税の税率は2022年3月1日から3ポイント引き上げられ、VIP売上は8%に、マス売上は18%となり、業界最高水準の現在の利益率を低下させることになる。カテゴリー税率は、VIP売上が24億シンガポールドルを超える、またはマスGGRが31億シンガポールドルを超えるカジノでさらに4 %引き上げられる予定で、これは両IRの現在の数値を大きく上回る数字となっている。
株式アナリストは、この拡張計画に様々な意見を寄せているが、コンサルタントのアンドリュー・クレバナウ氏はより全体を見ている。
同氏は「RWSとLVSが、資本投資の新ラウンドの見返りとして得るものは、複占での営業によるさらに12年間の市場の安定だ。さらに、両事業者はそのキャパシティが制約されていた。ゲーミングスペースはそうでもなくむしろ客室数においてだ。彼らは、ゲーミング客だけでなく、1泊450シンガポールドルを喜んで支払うより多くの客に提供するために客室スペースの追加を必要としていた」と話す。
「この拡張契約は、規制当局と事業者の両方にとって前向きなもので、その中で、フィリピンや韓国といった既存のライバル、そして最も重要な近い将来の日本という未来のライバルたちに対するシンガポールの競争優位性をさらに確保・維持することになる」こう語るのは、ザ・イノベーション・グループの国際事業計画&分析部門シニアバイスプレジデントのマイケル・ジュー氏だ。「拡張計画がアトラクションやサービスを追加するものでなければ、これらのIR施設と市場は、この地域において他のライバルがシンガポールに追いつき、最終的に追い抜いていくのを目にすることになる可能性が高い」。