横浜IR誘致を左右する重要な分岐点となる横浜市選挙をIAG Japanが考察する。
8月22日投開票の横浜市長選はIR誘致を左右する重要な分岐点だ。
この原稿を執筆している時点では既に9人もの候補者が出馬に意欲を見せており、異様な様相を呈している。ご存知の通りこの選挙は、横浜市が推進しているIR(カジノを含む統合型リゾート)誘致の是非が最大の争点として語られ、報道も加熱している。
IR推進派である現職の林文子市長は、市長選への出馬について長い間沈黙を続けてきた。だが、最近になり第四期に向けて出馬表明をしたことでIR推進派にとって希望の光となっている。

林文子市長
林文子市長は当時民主党政権下であった2009年、現在の立憲民主党の前身となる民主党の推薦を受け市長に初当選した。
2選目となる2013年には、国政は自民・公明連立に戻り、林氏は与党の自民、公明、そして野党の民主党の推薦を受け再選。2017年に迎えた3選目は、自民、公明、連合神奈川の推薦を受け再選した。4選目を迎える今年、同氏の最大支援者であった自民党は多選や高齢を理由に支援はできないことを伝えている。
横浜市がIR誘致を公にし始めたのは2012年頃。当時は第2次安倍政権下で、カジノ・IR構想が活発に議論されていた頃である。林氏は「カジノ・IRは横浜の持続的成長には必須」としていた。2016年には「将来の横浜の持続的な経済成長のためには必要であるのではないかと思うので、いまは大きくカジノを含めたIR導入を視野に入れている」と述べている。
2017年、8月に市長選を控えた2月には「いま本当にカジノ誘致とかIRを導入するか否かも全く決まっていない」と定例会で述べたが、同3月には「IRについて引き続き国の状況を見極めながら調査研究する必要がある」とも言及している。
3選目となる2017年の市長選における林氏の選挙公約では 「IRの導入検討」と慎重姿勢を示した。 “3選目に当選したのち”林市長は「横浜市としては(IR誘致は)白紙である」と述べてきたが、これはIR誘致に関して特に否定も肯定もしたものではなく、そのことを「白紙」と表現したと本人は説明している。IR誘致反対派やメディアは、この「白紙」をことさら強調し、「取りやめた」と同義に扱っているふしがあるが、それは事実誤認であり、「林氏が当選後にIR誘致に対する態度を翻した」と断罪するのは少々乱暴である。
3期目中である2017〜18年、林氏はIRについて問われるたびに「白紙」と回答してきた。ただそこでも同氏は「IRを導入するかしないかについて判断していないということが『白紙』なわけで、私自身も先入観を持たずに様々な声を聞いているということ」と説明している。
そして2019年8月、林市長は横浜市へのIR誘致を表明した。

2021年 横浜市長選
時を現在に戻そう。ご存知の通り、横浜市では横浜市長選が控えている(8月9日公示、22日投開票)。驚くべきはこれを執筆している時点で9人もの出馬表明者がいるということだ。IR誘致賛成が2人、反対が7人。中でも現職の衆院議員・国家公安委員長であった小此木八郎氏が閣僚の職を辞してまでIR誘致反対として出馬を表明し、関係者を困惑させた結果、自民党市連が自主投票となったことは記憶に新しい。
反対派候補は前述の小此木八郎氏、立憲民主党が推薦する元横浜市立大教授の山中竹春氏、元長野県知事で作家の田中康夫氏、前県知事で参院議員の松沢成文氏、現職横浜市議の太田正孝氏、水産仲卸会社社長の坪倉良和氏、弁護⼠の郷原信郎氏の7人。
賛成派候補は現職の林文子氏と元衆院議員・内閣府副大臣の福田峰之氏の2人。
再選挙の可能性
現実的に見て、現職の林氏と反対派候補数名の争いになるであろうが、候補者が乱立しているため、いずれも法定得票数である「有効投票数の4分の1以上」の票を得票出来ない可能性も考えられる。
最多得票者が法定得票数に満たない場合は当選者無しとなり、有権者や候補者に14日間の異議申立期間が与えられ、申し立てがなかった場合、それから50日以内に再選挙となる。さらに再選挙でも法定得票数を満たさない場合は条件を満たすまで上記の手順が繰り返される。近年では2018年の千葉県の市川市長選が再選挙となり、市長が決まるまで実に約4カ月もかかった。
もしこのパターンが横浜市で起こったらどうなるであろうか?市から国への申請期限は2021年10月から2022年4月まで、つまり8月の市長選から約8カ月後が最終期限である。市では議会での承認が必須であり、実質6カ月程度の猶予だろう。可能性は低いが、もし何度も再選挙となることがあれば申請そのものを諦めねばならない。
このような乱戦の場合、一般的には現職が強いと言われているが、実際のところ予想がつけにくいというのが本心である。横浜市を含む神奈川県は、菅義偉首相をはじめ、神奈川三郎と言われる河野太郎氏(行政改革担当大臣)、小泉進次郎氏(環境大臣)、そして小此木八郎氏(元国家公安委員長)という閣僚勢の地盤である。
菅義偉首相は「小此木さんの政治活動を全面的かつ全力で応援します」と述べており、7月29日の地域情報紙に意見広告としても掲載された。自民党としても10月の任期満了に伴い実施される衆院選に影響を与える恐れがあるため、横浜市長選で野党に負けるわけにはいかないという思いは強い。、さらに言えば、政権が推進する国策ではあるが、IR特にカジノをごり押ししているという印象を持たれたくはないというジレンマもあるだろう。
選挙後の動き
選挙が終わっても全てが終わりではない。もし林文子市長が再選を果たしたとしても、IR賛成派候補の得票数が有効投票数の過半数を超えていなければ、反対派は「IR誘致のイシュ ーに関しては反対が上回っている」として住民投票を求めてくるだろう。 賛成派2人、反対派が7人で、最多得票者が法定得票数に満たない可能性すら危惧される中、賛成派2人で過半数を占めるのはかなりハードルが高く、選挙後もしばらくは落ち着かない可能性は高い。
横浜市は370万人以上が住み、全国市区町村別人口で日本一の大都市だ。これは同じくIR誘致を目指す大阪市よりも100万人も多い。将来的な少子高齢化や税収減など課題も多く、解決せねば市の運営も危うい。
重要な岐路に立たされている横浜市民は、果たしてIRをその解決策の1つとして選択するのか否か。誰が選ばれるにせよ「投票率が低い」という結果だけは見たくないという思いは強い。