顧客、規制機関、そして投資家の要望に応える形で、マカオの統合型リゾートは、環境にやさしい慣行を採用しながら、同時に顧客体験も充実させている。
カジノが「グリーン」に配慮するというのは、緑色の米ドル札で賭けに応じるよりもはるかに多くのことを意味する。長い間、贅沢または浪費の要塞とさえ言われてきた統合型リゾートが、一般的に「将来の世代のニーズを損なうことなく現在の世代のニーズを満たすことができること」と定義づけられた環境サステナビリティ(持続可能性)にますます力を注ぐようになっている。マカオのIR事業者はそのサステナビリティ推進の最前線にいる。
ウィン・マカオのサステナビリティ部門バイスプレジデントのリシ・ティルパリ氏は「豪華さとサステナビリティは共存できる。互いに矛盾するものである必要はない」と語る。「私の目標は、ゲストに持続可能な選択肢を与えることであり、何かを奪うことではない。滞在体験を充実させる方法を見つけ、そしてそれを持続可能なものにする。それがウィン-ウィンの関係。私はそういうソシューションを模索している」と話す。
顧客要求がマカオのサステナビリティの取り組みを強化する。ティルパリ氏は、「私の見たところ、ゲストの認識に変化がある。
サステナビリティを期待しているのだ。質や健康的な食事も期待するが、今はその原料がどこから来ているのか、オーガニックなのか?ということも聞かれる。こういったことは以前は見られなかった」と話す。
マカオへの訪問客の3分の2を占める中国大陸で環境への意識が高まっていることがこの変化を支えている。上海はケータリングでの使い捨てプラスチックの使用禁止を発表しており、今年の2月には海南省が中国で初めて、使い捨てプラスチックの全面禁止を決めた。これは2020年に開始され、2025年までには生物分解できない袋や食器、そして全てのアイテムにまでその範囲を拡大させる。

また、ファイナンシャル・ゲートキーパーからの関心も大きくなっている。香港証券取引所は、上場企業に対してサステナビリティへの取り組みを報告するよう求めている。米国では、法的義務はないが、投資家の要求によって大手企業の大半がサステナビリティを真剣に受け止めるようになっている。
進捗の報告
マカオのゲーミングコンセッション保有6社は、年次報告書の一部または別添の書類で、サステナビリティに関する報告を行なう。マカオのコンセッション保有者のサステナビリティ部門幹部たちは、定期的に集まり、アイデアやプロジェクトの結果を共有している。
ティルパリ氏は「6社全ての事業者が多くの取り組みをしている。全社の焦点がそれぞれ異なる」と語る。
ティルパリ氏(34)は、 ゲーミング業界の広範囲に広がるサステナビリティに関する広範囲に及ぶ懸念を説明する。故郷であるインドのハイデラバード大学で土木工学の学士号を、そしてシアトルにあるワシントン大学でコンストラクション・マネジメントの修士号を取得した後、同氏はラスベガス・サンズ(LVS)に入社。ラスベガスにある施設の二酸化炭素排出量、廃棄物排出量および水の使用量削減という役割を命じられた。
ザ・パリジャン・マカオの建設中にマカオへと移り、LVSの施設の中で最も持続可能なリゾートを作るサポートをした。2015年にオープンしたこのIRは、米国グリーンビルディング協会(US Green Building Council)の認証を受け、マカオグリーンホテルゴールドアワードを受賞した。
マカオ全域のサンズ・チャイナの運営で、ラスベガスでの役割を再び務めた後の2018年、ティルパリ氏はサステナビリティへの取り組みを率いるためにウィン・マカオに入社した。2019年、その仕事ぶりが認められ、G2Eアジアアワードの「業界の期待の新星」や「Emerging Leaders of Gaming 40 Under 40(40歳以下のゲーミング業界新興リーダー40)」の一人に選ばれた。
長いフードチェーン
ティルパリ氏はウィン・パレスで、ペットボトルおよび食品廃棄物削減における主要イノベーションの陣頭指揮を執ってきた。
同氏は、「食品には、輸入するためのエネルギー、調理するためのエネルギー、その後廃棄という大きなチェーンがある」と話す。ウィンが持つマカオの2つのIRは毎日1トン以上の食品廃棄物を出している。
コンパクターによって1トン分の食品廃棄物を200キロのたい肥にまで減らすことはできるが、マカオにはIRが作りだす全てのたい肥を活用できるだけの充分な農業セクターがない。また、最も優れた処理オプションである養豚場もない。長期的な視点で、ティルパリ氏は、マカオがグレーターベイエリア構想によって、サステナビリティへの取り組みのために近隣地域の土地を活用してスペースの制約を克服できることを願っている。これは単に廃棄物処理のためだけではなく、リサイクル施設や、太陽光または風力発電所なども含まれる。ラスベガスでは、現場から離れた場所にある再生可能エネルギー施設が多くのIRに必要な電力のかなりの割合を提供している。

しかしながら、今のところ、マカオの最善のソリューションはそもそもの食品廃棄を止めることだ。廃棄物抑制を促進するために、ウ ィン・パレスは処分される食品を特定し、分析ができる廃棄物監視システムを導入している。2019年初めにウィン・パレスにある食品利用現場14カ所のうちの3カ所で試験的に運用されたこのシステムは、年の中頃までに施設全体に導入された。
ネットワーク化された各ユニットは、はかりに乗せられたゴミ箱に加えて、コンピューター、カメラそしてスクリーンなどが備え付けられている。カメラはゴミ箱に入る廃棄物を読み取り、スクリーンに食品の種類を表示する。廃棄物を処分するキッチンスタッフは、識別エラーを修正することができるために、システムの正確度が向上する。このシステムは簡単に使用でき、効果的だとスタッフは報告している。コンピューターは、処分された食品の種類、時間、そして重さを記録する。
ティルパリ氏は「何が、いつ、どこで、どれくらい廃棄物になるのかが分かる」と話す。責任者は、より優れたメニューの計画のために、そして廃棄物のパターンを見つけるためにそのデータを分析する。早い段階で分かったことの一つが、午前11時の朝食から昼食からの切り替え時、そして午後3時の昼食から夕食への切り替え時にフォーチュナビュッフェから処分される食品の多さだった。
同氏は、ウィン・パレスの従業員カフェテリアを指しながら、「10時59分時点で、食品に問題がなければ、11時にその『Meet&Eat』に送る」と説明する。
月に100万
ペットボトルがサステナビリティに関するもう一つの大きな課題となっている。ウィンだけでも月に100万本のペットボトルを使用すると言われている。使い捨てペットボトルの大半はカジノフロアで消費されているが、客室、宴会場そしてレストランもかなりの数を出している。
今年の6月、ウィン・パレスはSWステーキハウスでノルダックのウォーターシステムの試用を開始した。スウェーデンで創業したノルダックは、水道水をペットボトル入りの水に匹敵する製品に変える装置を提供する。ウィンはゲーミングコンセッション保有者の中で初めてこのシステムを利用したが、ノルダックは他にも現地ホテルに顧客がいると話す。
同レストランでトライアルされたマニュアルシステムには、水道水から不純物を取り除くフィルターユニットが含まれており、炭酸水を作り出す炭酸化オプション、および黒の縞模様のキャップが普通の水、そして青の縞模様のキャップが炭酸水といったキャップシステムも備えている。この水は1リットルのガラスボトルに詰められ、SWステーキハウスでは50パタカ(約682円)で販売されている。これはガラスボトルに入ったサンペレグリノやアクアパンナ、そしてペットボトルに入ったフィジーウォーターなどの他のボトル入りミネラルウォーターよりも割安になっている。

SWステーキハウスの総支配人、ウィリアム・ダンバー氏はこのように報告する。「5カ月間で1人のお客様が『ペレグリノの方が好き』と言った。たった一人だけ」。
「輸入品と比べて、カーボン・フットプリント(二酸化炭素の排出)ゼロ、プラスチックゼロ、そしてキャップは再生利用」と付け加える。
ノルダックのプロセスは、ミネラルウォーターの大手ブランド同様、水を弱アルカリ性にする。まだ科学的にはっきり証明されてはいないものの、多くの専門家がアルカリ性の水は中性または弱酸性の水よりも健康にいいと考えている。ノルダックの炭酸水は3日間炭酸が残るために、SWのスタッフは毎日、ノルダックの各種類の水を数十本ずつ準備する。商品がいつも新鮮だということだ。空のボトルは、普通の食洗機で洗浄され、再充填される。
簡単にプラスマイナスゼロに
ウィンとノルダックはウィンで使用されている装置に関して具体的な金額情報を公開するつもりはない。ノルダックは、フィルター、炭酸化、ボトル充填、そしてキャップシステムコンポーネントを含む基本システムを月額約7,000香港ドル(約98,000円)でリースしていると話す。ボトルに充填される水、そしてボトル洗浄用の水、および年に2、3回のシステム洗浄用の10から15リットルの水にかかる水道代と光熱費の他に、ノルダック製品にかかる追加費用はほとんどない。従ってSWステーキハウスの損益分岐点は毎日約5本のノルダックボトルの販売となる。
ニューヨークの超有名ステーキハウス、オールドホームステッドステーキハウスの支店など、以前はラスベガスで働いていたダンバ ー氏は「私の目標は一人一人にチャージすること。なので、水が必要な人がいればその人に持っていく。そのやり方なら、もう一本水が必要かどうか聞くために会話の邪魔をすることがない」と話す。

ノルダックのSWステーキハウスでの成功は、画期的な取り組みに向けてお膳立てをする。自動システムが、ウィン・パレスにある1,700の客室の水をボトル充填する。ノルダックが設計した過去最大のこのシステムは、1時間に2,000本のボトルを充填することができ、間もなく製造に入ると予想されている。これによって客室で現在使用されている何十万本ものペットボトルが置き換えられることになる。Nordaq 2000と呼ばれる ウィンの装置は、1時間あたり500本の充填能力を持つシェラトン・ストックホルムにあるノルダックの旗艦システムを基礎に作られている。このストックホルム工場は、2011年に製造を開始し、今年の6月に100万本目のボトルを製造した。ノルダックによると540トンもの二酸化炭素を削減したという。
ティルパリ氏は「全ての事業者がプラスチックを削減したがっている。我々だけが唯一、ソリューションを提供できる施設なのだ」と語る。
同氏は、ウィン工場が使い捨てペットボトル廃止に向けてより幅の広い進歩への道を切り開くことを願っている。
ティルパリ氏にとってノルダックは、同氏が求める類の持続可能なソリューションの良い例となっている。
「それはゲストに、さらに一層充実した体験として、求めているものを提供すること。よりフレッシュで、低コストの製品を。持続可能性のある水以上に持続可能なものなんてあるのだろうか?」。
マカオをより環境にやさしく
6社全てのコンセッション保有者は、環境への影響を軽減させるのに役立つ積極的なサステナビリティ(持続可能性)への取り組みを進めている。全社が、株主や一般向けにサステナビリティに関する報告を行なっており、通常は企業の社会的責任への取り組みと一緒に報告されている。
メルコリゾーツ&エンターテインメントの最高サステナビリティ責任者のデニス・チェン氏は、「企業としてメルコには、我々を取り囲む危機的な環境上の、そして社会的な課題の解決に役立つソリューシ ョンを提供する責任があると思っています」と語る。

メルコは今年3月、国連環境計画の「新プラスチック経済グローバル・コミットメント(New Plastics Economy Global Commitment)」に加盟し、10月に最初の年次進捗状況報告書を公表した。この報告書は、従業員エリアでの使い捨てプラスチック(SUP)ボトルを2019年末までに廃止するためのメルコの取り組みに焦点が当てられており、予想では、年間.3.5トンものプラスチックごみを出す244,000本のペットボトルが削減された。メルコはまた、施設全体でSUPを削減するためのロードマップでも歩みを進めており、IR運営の廃棄物監査を完了させた。この監査によって、プラスチック使用の大半がSUPボトルから来ていることが分かったために、メルコはSUPボトルおよびその他飲食関連の使用への「代替ソリューション」を模索している。
メルコは、2018年にマカオで最大数の電気バスの運行を開始した。1年前の2019年1月、地元中小企業の萬曜能源有限公司(MAN IO ENERGY)と共同で、メルコはマカオ最大規模の太陽光発電システムを設置した。シティ・オブ・ドリームスおよびスタジオ・シティの2施設合計で約3万平米もの屋上スペースに1万8,000枚以上のソーラーパネルを設置し、二酸化炭素排出量を6000トンほども削減した。
萬曜能源有限公司のビジネスディベロップメントディレクターであるサム・リュー(Sam Liu)氏は「ここまで大規模な太陽光発電システムは、これまでマカオにはなかった。今回のパートナーシップを通じて、持続可能エネルギー分野のパイオニアとして事業の土台を築くための、貴重な知見や実地経験を得ることができた」と述べた
サンズ・チャイナは、ベネチアン、パリジャンそしてフォーシーズンズでグリーン ホテル アワードを受賞している。同社は、照明ニーズの98%でエネルギー効率の高いLED照明を使用している。ザ・パリジャン・マカオは、市場に先駆けて圧縮天然ガス(CNG)バスの使用を開始した。
サンズ・チャイナは、より持続的に温水を作り出す複数の取り組みを進めてきており、その中にはハイブリッドエネルギーの試験的プロジェクトや太陽熱温水システム、ソーラー発電などが含まれる。同社は、飲料水以外の用途に使用するために雨水などの水を貯めている。同様に、メルコはシンクやお風呂からのいわゆる家庭雑排水をトイレで使用する水に再利用している。

ウィン・マカオは、両方のIRで世界的に認められた「アースチェック(Earth Check)」環境マネジメントシステムを利用している。飲料水および食品廃棄削減の取り組み(メイン記事を参照)に加えて、ウィンはマカオ大学とともに、環境ロードショーおよびスマートシティ・サステナビリティ・フォーラムのスポンサーシップを通じてコミュニティ教育にも取り組んでいる。
ウィンは、プラスチックストローは、「必要に応じて、かつ見た目に美しい」場合に、再利用できるステンレスストローに置き換えられていると、サステナビリティ報告書にある。同社はプラスチックストローを段階的に廃止している途中で、じゃがいも由来の成分から作られた24時間以内に生物分解するバイオポットに置き換えていっている。
SJMホールディングスは紙の使用量削減にむけて数多くの取り組みを行なっている。今年、コタイにグランド・リスボア・パレスをオープンした同社は、ペーパーレス・コミュニケーションを推奨し、社用便箋の製造には再生紙を利用している。SJMはまた、給湯にヒートポンプを採用している。
MGMチャイナは、食品持ち帰り用の容器を生分解できるものに移行させており、リクエストがあった場合にのみカトラリーを提供している。全体としては、包装の最小化に取り組んでいる。
事業者は、農産物、海産物、さらにリネン用の綿さえも含めた、様 々な商品の持続可能な原材料調達も模索している。