IR誘致を目指す横浜市。前回は、その横浜市が晴れてIR整備にたどり着くまでに乗り越えねばならない様々な問題について解説したが、今回も同市が抱える極めて重要な問題の1つについて深く掘り下げてみる。
IR整備候補地として国から認定を受けるために、地方自治体はIR整備法に基づき課せられた様々な条件を満たすことを求められている。その中で今、横浜で問題となっているものの1つに「IR用地の確保」がある。横浜市が誘致を目指すIRの予定地は山下ふ頭である。山下ふ頭は、昭和28年(1953)から埋立を開始し、昭和38年(1963)に外貿のための埠頭として完成。昭和30年~40年代の高度成長期の横浜港を支える主力埠頭として重要な役割を果たしてきた。上屋や倉庫が数多く立地しており、近年では本牧ふ頭など主要埠頭を補完する物流機能を担っている歴史ある地区である。

その山下ふ頭には、現在約24棟の倉庫などがあり多くの企業がそこで経済活動を営んでおり、市側はその企業に対して立ち退きの交渉を行っている。だが実はこれは厳密に言えば、IRのために立ち退きを要請しているわけではない。平成26年に、老朽化した施設の多い山下ふ頭を物流用途から都市的な土地利用に転換していくという港湾計画があり、そこが出発点である。平成26年と言えばIRに関してはまだ国の制度も何も無い時期である。また、横浜港は今まで輸出が中心だったが、今後は輸入を中心としていき、倉庫を拡大していくというものが市の政策としてある。つまり、遅かれ早かれ、IR誘致の有無に関わらず山下ふ頭の再開発は進むのである。
市の港湾局の担当者は、「立ち退きを要請している24棟のうち半数の12棟が既に要請に応じて契約を結んでいる」と話す。中には既に移転済みの企業もあるという。立ち退きに応じていない企業は明らかにはされていないが、IR、特にカジノ反対の立場を取る企業と同じ団体などに属している企業とみられる。
市は山下ふ頭における立ち退きに対する補償金を約460億円と計算している。「この460億円は妥当な金額なのか」という質問に対して、同担当者は「基本的には国が補償の基準を定めていて細かく決められている」と説明する。また、「公共事業のため価格交渉は無く、立ち退きに応じず補償金の吊り上げを狙うようなことはできないものだ」と話す。
ここには現在の埠頭での土地の所有権が大きく関わっている。山下ふ頭の土地の9割以上が市有地で、残りの1割のほとんどが国有地、僅かに私有地があるといった感じだ。市有地や国有地に関しては基本的に2種類の借地契約がなされている。1つは、港湾施設条例に基づいた契約で、こちらは1年更新の契約となっている。そしてもう1つが一般的な普通借地で、契約は基本的に30年となっている。現在移転の契約を結んでいない企業は主に後者の契約だという。同担当者は「基本的には移転による損失補償というものは、その土地で持っている権利を金銭的な価値に置き換えて補償するという考え方。日本では借地の場合、借主の権利が強い歴史がある」と話す。
公共事業の場合、「土地収用」という手段もある。これは、憲法29条第3項「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる」に基づき、国や地方公共団体が、所定の手続きを経た後に強制的に土地を収用できるというもので、道路事業や河川事業などに適用される。だが、「山下ふ頭の再開発に関しては土地収用ができる事業ではあるが、そこまで強制力が強いスキ ームではない」と担当者は語る。
「移転の問題は平成26年から始めているという状況もあるので、IR誘致の有無にかかわらず、近い将来開発されていくことは関係各社は認識しており、いつの段階で移転するのが自社にメリットがあるのかということもあると思う。移転のギリギリまで操業したいという思いもあると思う。ただ、そのためには市はIRの開業スケジュールを改めて示さないといけない。しかしながら(国の)スケジ ュールが明確になってはいないので、はっきりと言えない難しい状況にある」と、市側はジレンマを抱える。
同担当者は「IR誘致には地元の合意形成が必須であるので、再開発事業を良く理解していただき、納得のいく上で移転していただければと思う。(そのために)説明を尽くすことが重要だと考えている」と語った。