IAGが新型コロナウイルス感染症大流行後の大阪IRの長期見通しについて一般社団法人「IRビジネス研究会」の桜井夏奈理事に聞いてみた。
山本智行:まずは IR ビジネス研究会のこれまでの活動について。
桜井夏奈:当団体は約5年前に設立されました。主に中小企業の方々に向けたIRセミナーを東京と大阪で開催し、様々な業種間での意見交換を行ってきました。特に、関西の中小企業の方々の参加が多く、IR誘致への高い関心が見受けられました。 また私たちは、IRの経済波及効果を日本全体に広げるためには、どのようなIRが望ましいのかを多くの方たちと議論してきました。地域経済への貢献を目的とした活動が中心です。

山本:その中で桜井さんの立ち位置は?
桜井:大阪に拠点を置き、活動を続けてきました。当団体主催のセミナーで講演や出張講義をするほか、企業様の個別相談等を行な ってきました。
その他、地域活性化に取組まれている方々からIRに対するご意見をうかがったり、地域イベントのボランティア活動に参加させていただいたりもしてきました。IRが地域の主要な観光コンテンツとなり、住民の皆さんから受け入れられるためには総論ではなく、各論を丁寧に集めることが重要と考えていたからです。
また、私が教育・福祉関係の仕事をしていたことも関係しますが、これらの産業もIRに関連するものとして強く認識しています。一見、関連性がないようにも思えますが、海外IRオペレーターの社会貢献活動は積極的かつ多様です。ボランティアチームが組まれ、高齢者の生活支援や若者の就業体験の機会を提供するだけでなく、文化・芸術の振興を担っている。彼らの取組から地元企業が学ぶことは多くあると感じています。
山本:教育者からIRの世界へ。きっかけは何だったのでしょう。
桜井:教育・福祉関連の仕事をしている際、障害を抱える若者と初めて関わりを持つことになりました。私は指導する立場でありましたが、彼らから多くの事を学びました。自らの障害を受け入れ、あるいは克服し、生きがいを探す姿勢の純粋さに私自身が励まされていました。しかし、そんな彼らが実社会に出て自立した生活をすることは簡単ではありません。彼らを理解し、受け入れてくれる企業や支援者が必要不可欠です。
私はIRオペレーターの行う社会貢献活動やその考え方に感銘を受け、将来日本にIRができたら様々な困難を抱える若者たちの活躍の場がきっと広がるだろうと思いました。そして、IRと彼らを結ぶ懸け橋になるような仕事がしたいと思うようになったのです。
山本:大阪IRの候補地の夢洲は2025年の大阪・関西万博の開催場所でもある。
桜井:戦後、大阪市の臨海エリアは工業を中心とした都市開発が進められてきましたが、現在に至るまで数々の挫折を経験しています。60年代にはアラビア石油が石油コンビナートを整備する計画を立てましたが撤退。70年代には万博の候補地の一つでしたが、開催地は吹田市になりました。
そして80年代以降はテクノポート大阪計画※に基づいたまちづくりが進められていました。90~00年代にはオリンピック招致に向けた活動も行われましたが、現実のものとはなりませんでした。
(編集者注:*テクノポート大阪計画:大阪市政100周年の記念事業のひとつとして1983年に発表。加速する国際化、情報化社会を背景に国際的な商業の中心地として機能する新都心を目指す構想)
山本:そこまで悲しい歴史があったとは。
桜井:はい。このように夢洲は、これまで計画通りにまちづくりが進んでこなかった苦い経緯があります。しかし、現在は大阪・関西万博の開催地となり、隣接する区域にはIRのために約70haが用意されています。また、行政だけでなく住民の中にも、どうにか夢洲を活用したいという思いが浸透していましたので、夢洲で行われる事業には特別な意味があります。その名の通り、多くの人々の夢と希望を背負った島なのです。 現在の夢洲はコンテナターミナルが整備されており、関西の物流を支える拠点として機能しています。さらに、大阪府・市によりス ーパーシティ構想の検討が始まっており、夢洲はその対象地区の一つです。国際観光拠点としての機能以外の分野において、夢洲の開発が展開されることは、大阪IRが世界の既存施設との差別化につながると考えています。

山本: 大阪IRに望むものとは。
桜井:IRの成功は、開業後にどれだけ多くの人々を笑顔にできたかで決まると思います。私はこれまでの活動の中で、地域の人々がIRオペレーターとの対話の場を求めているということを知りました。彼らは自助努力の精神を持っていて、街づくりに良いものは積極的に受け入れて、地域に還元していきたいという考えがあります。
それは、万博やIRによる経済的恩恵をただ受け取るという姿勢ではありません。彼らがいま求めているのは、地域を盛り上げる仲間として共に何ができるか、です。
大阪IRの開業までにまだ時間があります。日本にはまだないカジノという新しい産業への理解を地元の人々に理解してもらう機会の提供は、IRオペレーターが最大限努力しているところです。今後は双方向のコミュニケーションをとることで、地元住民の理解はより深いものになっていくものと私は考えています。
山本: カギになりそうなものは。
桜井:IRの開業をひとつのきっかけととらえ、新たな産業と共にまちづくりを考える流れを生み出すことが重要です。新型コロナウイルスの影響により、世界中の観光地から人々の姿が消えました。コロナウイルスが収束する兆しはまだ見えていませんが、人々の交流、そして旅行を通じて地域経済が回復していくものと私は考えています。
松井一郎大阪市長は今月に入り、コロナ禍のせいでMGMリゾーツ側と連絡が密に取れないことからIRの公募手続きのスケジュールを延期する可能性を示唆していますが、このことは大阪IRの期待を下げるものではありません。
いまは、日本国内のIRがどうなっていくのかを議論することは難しいでしょう。国が提示しているIRの実施計画の申請期間は21年の1月から7月であり、この延期はまだ発表されていません。まず我々がしなければならないのは、この危機が一日でも早く収束ができるように一人一人協力することです。そしてコミュニティーを立て直して、幸せな人生を生きることだと思います。