以前は規制機関側にいたデイビッド・グリーンが、なぜVIPプロモーション、または「ジャンケット」業界へのマカオの規制モデルが、マカオ特別行政区と中華人民共和国の両方の利益を最優先し続けられるのかを説明する。
おそらく強制的な隔離によって、時間が圧縮されたような歪んだ感覚が私に染み込んでいる。しかし一部のゲーミング業界専門家は、至るところでジャンケット営業規制へのマカオのアプローチに内在する弱点を指摘し続けているようだ。
何が良き規制慣行をもたらすのかについての彼らの規範的な意見書は、歴史、背景または関連する公共の利益といったものにはほとんどもしくは全く関心を払っていない。むしろ、彼らには背景などは関係ないことを意味する黄金律というものがある、そしてそれは受け入れる側の法域の公共の利益とは関係なく追求されるべきだという考え方を広めているように見えるだろう。知的および文化的帝国主義は健在だ。そうあるべきではない。

マカオのジャンケットへの規制制度が今のように進化してきた理由を理解するためには、ポルトガル植民地時代に遡る必要がある。ポルトガル商人は16世紀半ばにマカオに住みついたにもかかわらず、ポルトガルは1979年までは中華人民共和国と正式な外交関係を確立しなかった。
ポルトガルは、カーネーション革命として知られる1974年4月の軍事クーデターの後、アンゴラやモザンビークといった他の植民地への支配を放棄した。当時、中国はマカオの政権を引き継ぐことを拒んだ。その理由はおそらく、自分たち自身が文化革命の最中だったからだ。
最終的に返還が完了したのは、マカオの中国返還に関する中葡共同声明の約12年後となる1999年12月だった。
その発足時点で、何厚鏵(か・こうか)初代行政長官率いる政権は気が付けば、有名な「ジレンマの角」、つまりは板挟み状態にな っていた。まずは、マカオの伝統的な二次産業である繊維、履物、造船、漁業そして花火など全てが減少傾向にあったこと。次に、マカオ基本法第104条及び第105条がマカオ特別行政区(SAR)に財政上の独立を与えたこと。これは2つの意味で解釈できる。中国はマカオの収益源に税または分配金を課すことができなかった。しかし同様に、それが暗に意味しているのは、この新生政権の財政を増強するような義務が中国にはなかったということだ。105条は具体的にSARに対して、歳入が公的支出と一致または超えるような政策をとるよう求めていた。

その台帳のプラス側にはマカオのゲーミング産業があった。1999年、独占営業権を持っていたSTDMのゲーミング粗収益に課された税金が政府の全歳入の47%を占めていた。STDMは1万人以上、当時の全労働力の約5%を直接雇用していた。この数字には、VIP営業を通じてSTDMの収益の60%以上を生み出していたジャンケット事業者のスタッフやエージェントは含まれていなかった。その人数はSTDMに直接雇用されていた人の数よりもはるかに多かった可能性が高い。
1999年8月に米連邦議会のために書かれた報告書の中で、議会調査局は予知的に「1999年12月20日以後のマカオに対応する中で、中国はこの大きな収益源を保持するために、ギャンブル産業の収益性を保つ方法というジレンマに直面するだろう」と分析していた。
中国が、その住民が負ったゲーミング債務を合法的に取り戻すメカニズムを与える可能性は、社会的不調和の一因となるその償還請求の性質を考えると、低かった。さらにもしそうしたとすれば、ジャンケット事業者、その従業員及びエージェントを不必要にさせていた可能性がある。
その流れに伴う危険性が、STDMのカジノにあるVIPルームの支配権をめぐって1997年に勃発した「14K」と「水房」という暴力団組織の間の抗争中に示された。マカオ経済の収益の大部分を生み出す旅客数は、1996年から1998年の間におよそ20%も落ち込んだのだ。成長の推進力になるゲーミング業界の潜在力が刺激されることは、中国と何厚鏵政権両方にとっての利益だった。

2000年8月、アーサー・アンデルセン氏がSAR政府に同業界の自由化を進める手法に関してアドバイスを行う役割に任命された。その手始めに指摘された最も分かりやすい点が、マカオが少なくとも新コンセッションの入札候補事業者の最低限の期待と要求に応える、業界のための規制制度を整える必要があるということだった。コンセッションシステム自体が、大半の入札事業者にとって馴染みのないものだった。
2001年10月、包括的ゲーミング法である第16/2001号が採択され、その後すぐに、ジャンケット事業者とそのライセンスの管理を規定した第6/2002号が続いた。この規則は2004年まで発効されなか った。先送りによってジャンケット自身に法律を順守するよう準備させる機会を与えることが意図されていた。
特に、ライセンス供与はジャンケットが自然人(個人)であること、または自然人が独占的に所有しているかで決定された。この目的は、透明性の促進、そして法人化されたジャンケットの株式公開の防止だった。
事業活動を行うための「適正」を考慮したジャンケットのライセンス供与は、ジャンケットにとっては、マカオのゲーミングコンセッション保有者とビジネスをするための単なる最低要件だ。ライセンスが供与されれば、ジャンケットは提携する予定の各コンセッション保有者と書面による契約を交わさなければならない。これらの契約は、AML(マネーロンダリング防止)信用報告法といった他の法律の下でジャンケットに課された責任が増していく中で、時間の経過とともに進化してきた。
さらに、コンセッション保有者に課せられる義務も増してきており、特に「最低限準拠すべき内部統制の要件」への順守が義務付けられている。ジャンケット事業者にライセンスを供与することで、規制当局は、その事業者が目的に適合していることを保証しているわけではない。それは各コンセッション保有者が独自の調査を通じて決める問題だ。コンセッション保有者は、主に2つの理由から、契約を交わしたジャンケット事業者が法的義務に従っていることを確かめることに強い関心を持っている。1つ目の理由が、彼らが、カジノ施設で発生したあらゆる不正行為についてジャンケットと共同で責任を負うかもしれないということ。2つ目が、ゲーミングコンセッション保有全社が公開会社で上場会社であること。彼らにとってジャンケット事業者と契約を交わすことには評判上、ガバナンス上、そして法律上のリスクが関わってくる。事業者にライセンスが供与されているという事実は、彼らが一般法、そしてそれぞれの契約の条項、両方に準拠していることを監視するという彼らの責任を免除するものではない。
このアプローチを支えた別の因子に、コンセッション保有者のうちの3社がネバダのカジノライセンス保有者に関係していたことがある。ネバダ州法463章は、同業界への州の公共政策項目の宣言に従って、ゲーミングおよび業界関係者を規制する。その中で一番初めに来るのがこれだ。「ゲーミング産業はネバダ州経済及び住民の一般的福祉にとって極めて重要である 。その同じ文言が、マカオの法律第16/2001号にも適用できる。
雇用や政府の税源としてゲーミングに強く依存する体制が同じであるマカオとは異なり、ネバダ州は、そのライセンス保有者および関連企業が海外のゲーミング事業に関わる時、それら企業に対して規制権限を行使できるよう求めている。ネバダ州法463章第720条は、ライセンス保有者(またはその支配下にある関連会社)が海外ゲーミング事業に関与する際に禁止されている多くの行為を詳細に規定している。この中には、ネバダ州でのゲーミングに求められる公正性と整合性の基準に従ってその事業を行うことを怠ること、またはゲーミングに関するネバダ州の公共政策と矛盾しているという理由からネバダのライセンス保有者にとって「相応しくない」と見なされる団体に参加することなどが含まれる。
マカオのジャンケットの規制に関して定期的に出てくる騒がしい抗議の声を考えると、注目に値するのは、ネバダ州が、法域が、容認できるレベル、そして州ライセンス保有者による参加に適していると見なすレベルまではなおも機能できることを通常受け入れてきたことだ。たとえそこが犯罪組織または行為に対して同じレベルで厳格に禁止または制裁を実施していない場合でも。一部が、全ての法域が目指すべきだと考える規範的なスタンダードというものは、地球上で最も大きな2つのゲーミング法域のどちらにも採用されていない。
それはいくつかのことを示している。1つ目が、規制上の黄金律というものなどないということ。もしあれば、全ての法域がそれを採用している、もしくは目指しているだろう。2つ目に、法域に大規模かつ多様化された経済ベースという余裕がないこと。実用主義が彼らにその基幹産業へのアプローチにおいてむしろより開放的かつ進歩的であるように求めている。それは基準というものを放棄することを意味しているわけではなく、むしろ着実に向上させるためにその規制された法域と協力して取り組むということだ。マカオの最近のAML相互審査は、このアプローチの知恵の証だ。
規則第6/2002号は、ジャンケットビジネスに帰属するGGRが全カジノのGGRの7割を超えた時にマカオで施行された。厳格な規制と適正への高いハードルは、もしかするとマカオを引きずり落とし、中国には容易に対処できない問題を残していたかもしれない。部分的には、これはマカオに対してその経済ベースを多様化せよという中国の継続的な激励を説明する。(中略)過去10年間に目に見える進歩がほとんどないことを考えると、明らかに言うは易く行うは難しだ。
最後に、税制について。法律第16/2001号は、ジャンケット手数料への源泉徴収というコンセプトを導入した。GGRのシェアという方法で受け取ったジャンケット報酬は、粗収益が、それを導き出しているコンセッション保有者の手の中で課税されているために、所得税の免税を享受する。これまで5%フルに課税されることはなか ったものの、源泉徴収のポイントはジャンケット事業者を、当時としては新しいコンセプトであった利益への課税というルールに慣れさせることだった。
この制度の立ち上げと実施に密に関わった者としては、守勢に回りたい気持ちはある。しかし私がすべきなのは、歴史と、マカオに与えられたカードの中で彼らが採用した対応にのみ言及することだ。現在の規制制度は、背景や状況、マカオ人と、ほぼ間違いなく、香港特別行政区との間で経験した問題をこちらでは一切抱えることがなかった中国との両方の公共の利益に一致する結果を届けてきた。
それが優れた法律を生み出すのだと思う。まさにネバダやシンガポールに適した優れたゲーミング法があるように。それらの法律はその起源とそれぞれの公共の利益を表しており、そして実用主義にも基づいている。