ワールドシリーズオブポーカーが今年50周年を迎える。IAGは、何が年に一度のこの素晴らしいトーナメントシリーズを特別にさせるのか、そしてどのように時の試練に耐えてきたのかを掘り下げる。
たとえ一時でもポーカーに興味を持ったことがある人なら誰しも、年に一度のワールドシリーズオブポーカー(WSOP)の開催期間中にリオ オ ールスイート ホテル&カジノの巨大なパビリオンルームに初めて足を踏み入れることは、まさに宗教的体験をしたような衝撃的な体験となるだろう。
約5100㎡の広さを持つ大洞窟のようなスペースは、毎年2カ月間、232台のポーカーテーブルで埋め尽くされ、全ての席が埋まった時には、参加者の体内から溢れだすエネルギーの波が生み出される。ピリピリした緊張感で張り詰めた空気の中、汗にじむ指の中で2,000余りのチップの山がシャッフルされ、その不快な音が壁にこだまする。

世界中のプレイヤーにとってここは聖地だ。ポーカープレーヤ ーの旅は、心の故郷、聖なる都市ラスベガスへの年に一度の巡礼の旅 で完結する。
そして2019年WSOPは50年目を迎える。それ自体でも驚異的な節目だが、イベントにはなおもペースダウンの兆候は見られない。1970年、ベニー・ビニオン氏によって世界最高峰の7人のプレイヤーがホースシューカジノに招待され、優勝者が全てを手にするキャッシュゲームシリーズを戦った。その控えめなスタートから50年、今年のWSOPは過去の記録を全て塗り替え、89におよぶ大規模なイベントスケジュールの中で187,298人がエントリーした。
紛れもないポーカーの夢の舞台である2019年WSOPメインイベントには、8,569人という大人数のプレイヤーが1万米ドル(役110万円)の参加費を支払い参戦した。これは世界的なポーカーブームが最高潮に達していた2006年のメインイベントの参加者8,773人に次ぐ数字だ。
あまりの人数の多さに、パビリオン、アマゾンそしてブラジリアル ームと呼ばれる3つの会議スペースは満員となり、今年は合計519台のポーカーテーブルでプレイが行われた。
そして他にも多くの記録が塗り替えられた。シリーズ全体での合計エントリー数は前年比で51%の増加、賞金総額は過去最高の2億9,300万ドル(約319億円)、100万ドル以上の賞金プールを持つイベントが62、そして12のイベントに5,000人以上が参加した。

今まで、世界中でこれほど多くのライブイベントが開催されていたことはなく、プレイヤーはその中から選び放題である、という状況の中でのこの数字は目を見張るものであり、この唯一無二のイベントが築いてきたユニークな歴史を証明するものでもある。
WSOP企業広報部門バイスプレジデントのセス・パランスキー氏は、「50年というのは企業が営業を続けるには非常に長い時間だ。しかしワールドシリーズポーカーの創立はずっと昔のことで、この業界では初めての種類だったことが我々にとっては幸運だった。
WSOPには伝統があり、プレイヤーからの信頼も厚い。これは重要な要素だ」と話す。
プレイヤーにとってWSOPの最も魅力的な点というのは神秘的な雰囲気に染み付いたその豊かな歴史である。他の全てのトーナメントを合わせてもWSOPのメインイベントから生まれた伝説の数は越えられない。1970年と1971年に最初の2度のWSOP(それぞれ6人と7人の対戦相手)を制した「ポーカー界の大御所」ジョニ ー・モスから始まり、1976年と77年に同じ偉業を成し遂げたドイル・ブランソン、そして1980年と1981年のストゥー・アンガー、そして1987年と1988年に2年連続で152人と167人との戦いを制しただけでなく、1989年に3年連続の制覇寸前までいき、フィル・ヘルマスに敗れて2位でフィニッシュしたジョニー・チャンまで多くの伝説が生まれてきた。ちなみにチャンは今年のメインイベントは560位でフィニッシュし、24,560ドルの賞金を獲得した。
WSOPはまた、ポーカー史上最も重要な瞬間を生み出したイベントでもある。2003年のメインイベントで勝者にふさわしい名前を持つクリス・マネーメーカーが839人から始まった戦いを制した。当時地元でくすぶっていた会計士のマネーメーカーは、オンラインでプレイする参加費89ドルのサテライトトーナメントを勝ち抜き、メインイベントへの参加権を獲得した。その後世界で最も権威あるイベントで優勝し250万ドルの賞金を手にした。彼の成功は全米のアマチュアプレイヤーの想像力をかき立て、WSOPの参加者はその後、2004年に2,576人、2005年5,619人そして2006年には8,773人へと大幅に増加した。2006年にはまた別の勝者にふさわしいジェイミー・ゴールドが、史上最高額となるメインイベント賞金1,200万ドルを手にした。
賞金をより均等(フラット)に配分する構造によって、今年の優勝者、ホセイン・エンサンは1,000万ドル(約11億円)の賞金を獲得した。しかしながら、この現代の巨大ポーカーイベント、ワールドシリ ーズオブポーカーから利益を得たのはプレイヤーだけではなかった。
WSOPブランドは、2004年にシーザーズ・エンターテインメント( 当時のハラーズ)がホースシュークラブ・オペレーティング・カンパニーを3,700万ドルで買収した際にその一部として同社の手に渡 った。同ブランドは、米カジノ大手のシーザーズにとって、これがなければ厳しいものであった10年間の間に最も重要な資産の1つであることを証明した。
子会社のシーザーズ・インタラクティブ・エンターテインメント(CIE)を通じてWSOPを運営するシーザーズは、毎年開催されるポ ーカーの祭典での具体的な経理は公表していない。一方で同社は2018年、4%から10%のイベント運営費、合計で1,110万ドルから2,960万ドルを差し引いた後の賞金総額が2億6,600万ドルであったことは明かしている。それは夏に年1回のこのシリーズから1,800万ドルに近い額を直接収益と得ているということだろう。シーザーズはアメリカ全土33カ所で行われる2次シリーズのWSOPサーキットイベント、そしてネバダ州、ニュージャージー州、デラウェア州で営業するオンラインポーカーサイトのWSOP.comからも年間を通じて収益を得ているが、CIEの財務の年間内訳は公表していない。
しかしながら、パランスキー氏はシーザーズにとってのWSOPの本当の価値は補助的なもので、「夏の間、ラスベガスのホテル客室、レストラン、ショー、プール、クラブを埋めるものだ。ラスベガスに人々を呼び込むことが狙いであり、WSOPはその役割を果たしている」と説明する。
また、毎年夏にWSOPのためにラスベガスにやってくるのが、約2,000人の臨時スタッフで、国内全土から「借りてきた」ディーラーだけでなく、HR、コンプライアンス、PR、会計、法律、飲食、小売、マ ーケティング、レジ係、払い戻し係、監視、セキュリティ、カクテルウ ェイター、会議スタッフそしてオーディオやビデオチームなどがいる。
年の11カ月間をこの特別なイベントの企画・運営に費やす45名のWSOP正社員に彼らが加わることになる。
パランスキー氏は、「50年間にポーカー界は大きく変化したが、WSOPは全ポーカープレイヤーに尽くすためにある。だからこそ非常に大きな成功を収めてきた。ポーカーがしたい。ラスベガスに行きたい。そしてワールドシリーズオブポーカーで戦いたい。これを夢見る全ての人のために存在している」と語った。
歴史に名を残す
多くの歴史が塗り替えられることになったこの年、イラン生まれでドイツ国籍を持つプロポーカー選手のホセイン・エンサンが、8,569人ものプレイヤーが10日以上にわたって戦いを繰り広げた2019年のWSOPメインイベントを勝ち抜き、彼こそがチャンピオンであることを証明した。
55歳のエンサンは過去20年で最年長のメインイベントチャンピオンとなり、過去10年ではたった2人しかいない40歳オーバーのチ ャンピオンの一人となった。驚くことに、今回が初のWSOP入賞であっただけでなく、メインイベントに参戦したのも初めてだった。
3日間を越える戦いとなったファイナルテーブルにチップリーダ ーとしてやってきたエンサンは、最初の2日間隙のない戦いをし、最終日に席に戻ってきた時には、彼とダリオ・サンマルティーノ、そしてアレックス・リビングストンだけが残る中、エンサンがチップの63%を保持していた。
エンサンは最後の直線に入ったところで少しつまづき、リビングストンが少しの間チップリードを奪った後に3位で終了、その後サンマルティーノがヘッズアップの最初のハンドで先にアドバンテージを奪った。
2:1に近いチップアドバンテージを維持してそのハンドでより強いツーペアを出したことで、ほとんどの観客は実力が高く評価されているイタリア人が勝利への勢いに乗ったと思ったが、代わりに前に出て次の3時間を支配したのはエンサンだった。そして劇的な最終カードによってサンマルティーノのフラッシュとストレートのコンボドローへのチャレンジは失敗に終わり、エンサンがKKのワンペアで勝利した。驚くことに、WSOPの歴史の中でメインイベントのウィニングハンドがAAかKKのどちらかであったのも初めてだった。
エンサンにとって勝利はこれが初めてのことではない。彼は2015年のヨーロピアンポーカーツアー(EPT)プラハのメインイベントで75万4,000ドル(約8,221万円)の賞金を獲得し、他にも2つのEPTファイナルテーブルに残り、2017年にチェコ共和国のロズヴァドフで行われたイベントでの優勝によってWSOP国際サーキットリングを手にしている。
エンサンの獲得賞金は今年のWSOPで優勝する前にすでに270万ドル達しており、それだけでも素晴らしいキャリアだが、今回さらに1,000万ドルという莫大な賞金を獲得したことでその功績は霞んでしまった感はある。だが、2週間の仕事の対価としては悪くない額であることは言うまでもない。