SJMの創業者スタンレー・ホー(何鴻燊)博士、そしてラスベガス・サンズの中心人物シェルドン・アデルソン氏を苦しめる健康問題は、遅かれ早かれ一つの時代の終わりが訪れることを予期させる。同時にマカオのカジノ産業を発展させる上でこの2人の重要人物に取って代わるのは誰になるのかという問題が提起されている。
今後数年の間にマカオが直面する最も重要な問題がライセンスの再入札である一方で、それでもなお2019年が始まってからの数2カ月間はこの小さな領土のゲーミング業界に新時代が迫っているという話題が中心になっている。なぜならこの地域で最も大きな影響力を持つ2人の大物、STDMの会長兼CEOであるスタンレー・ホー博士と、ラスベガス・サンズのトップ、シェルドン・アデルソン氏が深刻な健康問題に直面しているからだ。

2月9日、ホー博士が突然の体調悪化により香港の病院の救急救命室に運ばれたというニュースが飛び込んできた。後に第3夫人の陳婉珍氏と娘のローリンダ・ホー(何超蓮)氏は、それらの報道と数日間に多くの家族や親族が病院を訪れたという情報を否定し、それ以来新しい情報は明らかにされていない。
3週間後の3月1日には、ラスベガス・サンズのマカオにある子会社、サンズ・チャイナが、アデルソン氏が非ホジキンリンパ腫の治療で服用している薬からの「特定の副作用」と闘っており、通常の職務をこなす能力に影響を及ぼしていると明かした。この発表の前には、LVSの弁護人が会長兼CEOのアデルソン氏の体調が民事訴訟で証言を行えるほどに回復する可能性は低いと地方裁判所判事に伝えたことによって同氏の体調に関する憶測が広がっていた。
また、サンズ・チャイナの報告書には「アデルソン氏が治療完了後に通常のスケジュールに復帰することを予定している」と記載されていたにも関わらず、同氏がクリスマス以来LVSの本社に姿を見せていないことも明かされていた。
それでもなお、それぞれ97歳と85歳という年齢を考えると、マカオのゲーミング業界でのホー博士とアデルソン氏の支配が終わりに近づいているというのは避けようのない現実である。では、彼らの時間がついに終わりを迎えたときに、このゲーミング業界の立役者たちが作り上げたものはどうなるのか?
今日のマカオを築き上げる上で、この二人ほど大きなインパクトを持った人物は他にはいなかった。
マカオギャンブル業界のゴッドファーザーとも称されるスタンレー・ホー氏の影響力が現れたのは1962年に遡る。当時ホー氏と、ヘンリ ー・フォク(霍英東)氏、イップ・ホン(葉漢)氏、そしてテディ・イップ氏の3人の同僚がSociedade de Turismo e Diversões de Macau,S.A.(STDM:澳門旅遊娯楽股份有限公司)を立ち上げた。その数カ月前にマカオでカジノの独占営業権が付与されていた。
その独占権はその後40年間続き、2001年の自由化までにSTDMは合計11のカジノを運営するに至った。その中には1店舗目となる1962年にオープンしたカジノ・エストリル、そして1970年にオープンし、今やマカオを象徴するカジノ・リスボアなどが含まれている。
ホー博士は、1970年代にマカオにジャンケットを導入した功績も認められており、2018年時点で376億米ドルにのぼるマカオの年間収益の約半分を占めるようになるまでに成長した。3つのゲーミングコンセ ッションを付与する決定が初めて発表された2001年当時、マカオの年間ゲーミング粗収益は20億米ドル程度であった。現在の数字をはるかに下回ってはいるが、たった43万5000人が暮らすその地区にとってはそれでも異例の成功であり、そのほとんどがホー博士によって支配されていた。
一方、ラスベガス・サンズと現地子会社のサンズ・チャイナを通じてアデルソン氏は、2001年以降の18年間に最も強い影響力を持っていた。1999年にマカオの領有権がポルトガルから中国に返還された後に、6社のうちの1社がマカオでのカジノ営業のコンセッションまたはサブ・コンセッションのどちらかを付与されることなった。それが2004年のサンズ・マカオの開業であり、マカオが世界トップのゲーミング中心地になる本当の意味での最初の一歩となった。
サンズ・マカオは、マカオが今後どのような場所になり得るかについての世界の見方を完全に変えることとなる。地球の反対側ではラスベガススタイルのカジノは成功しないという当時の通念をすぐに払拭し、サンズ・マカオの開業日には、文字通り4万人がその扉を押し破り(合計16)、今やマカオの伝説の一つとなっている。絶え間ない人の流れによって、同社はたった9カ月間で2億6,500万米ドルの投資を回収することができた。
コタイとして知られる6.7平方キロメートルの干潟に可能性を見出し、コタイストリップというコンセプトを発展させ、2007年に世界最大のカジノ、ザ・ベネチアン・マカオの建設を指揮したのもアデルソン氏であった。今では、コタイストリップはマカオのカジノ産業の中心、そしてその象徴であり、9つの統合型リゾートが営業しているのに加えて年末までには10番目のリゾートのオープンが控えている。サンズ・チャイナはそのうちの4つを運営している。
これらの貢献にも関わらず、アデルソン氏とホー博士の体調悪化は、特に現在の20年間のゲーミングコンセッションが2022年に期限切れを迎える(SJMとMGMのライセンスは最近、他の4社に合わせて2020年から2年間延長された)中で、必然的に 彼らがいなくなった後、会社はどうなっていくのかという疑問を投げかけてくる。
SJMを熱心に観察する人々は、MGMホールディングスの共同会長兼執行役員であり、ホー博士の第2夫人藍瓊纓(Lucina Laam)氏との娘(5人兄妹の1人)パンジー・ホー氏による大胆なパワープレイのタイミングに思いを巡らせずにはいられない。パンジー・ホー氏は、父親の体調悪化が伝えられる数週間前の1月にSTDMの支配権を得るための同盟を発表していた。
パンジー・ホー氏と、同氏が支配権を持つ、信徳集団(シュンタックホールディングス)、ランスフォード、インタードラゴンの3社、そしてフォク・ファンデーションの同盟は、合計でSTDMの発行済み株式の53%を取得し、STDMは代わりにSJMホールディングスの54%の株式を保有している。SJMは、ソシエダーデ・デ・ジョゴス・デ.・マカオ(Sociedade de Jogos de Macau, S.A.)の持ち株会社で、マカオのカジノコンセッションまたはサブ・コンセッションを保有する6社のうちの1社だ。
父親の持つ資産をめぐる前回の争いを引き延ばした不安定な休戦の中で重要人物となっていることで、パンジー・ホー氏がいつかSJMの支配に乗り出すだろうと長い間言われてきた。ホー博士は自宅での転倒によって、2009年に脳の外科手術を受けた後、現在は香港で完全介護を受けており、そんな中でホー氏の株式を自分たちのやり方で移譲することを計画したのは、パンジー・ホー氏と、現在のSJM会長デイジ ー・ホー氏とメルコリゾーツの会長兼CEOのローレンス・ホー氏を含めた4人の同父母の兄妹全員だった。

その動きは、ホー博士が2010年12月に第4夫人のアンジェラ・レオン(梁安琪)氏に7.03%の株式を与え、レオン氏が7.63%を保有する2番目に大きな個人株主となった直後に開始された。繰り返される法的な 脅し、起訴そして反訴という負の連鎖が手に負えなくなる中で、一部では中国の関与があったと噂される家族間での休戦が2011年についに合意に達し、パンジー・ホー氏がSTDMの取締役に任命され、レオン氏には6年間SJMで専務取締役に就くことが保証された。その期間は2017年に期限切れを迎えた。
2019年1月に出された「Let the game of casino thrones begin(カジノ王座をめぐるゲームを始めよう)」というタイトルのレポートの中で、ドイツ銀行のリサーチアナリストカレン・タン氏は、「パンジー・ホー氏とフォクの新同盟の成立は〜なり得る」と述べている。
タン氏は、「レオン氏とその仲間であるSJMのCEO(アンブローズ・ソ ー氏)とCOO(ルイス・ウ氏)の取締役としての現在の任期が終了したら、彼らは再選されない可能性がある。COOの任期は2019年6月に、そして他の2人の任期は2020年6月に終了するだろう」と推測している。
特に、2019年に行われるSTDM取締役選任への「共同提案」の提出を約束していることを別にすると、同盟側は「会長、共同会長そして取締役を含むSJM取締役会のグッドガバナンスを促進してくれる人物の任命と選任を支援する。ゲーミングコンセッションを保有するマカオ法人のSJMSA取締役会の選任に対する共同提案を提出する予定をしている」と述べている。
レオン氏が黙ってはいない可能性が高い一方で、ホー博士が昨年6月に正式に取締役を辞任した後に、姉のパンジー・ホー氏に近いデイジー・ホー氏をSJMホールディングスの会長に任命したことは興味深い動きだと言える。この物語の続編が今後数カ月の間に繰り広げられることは確実だ。
一方、サンズの事業継承プランはよりはっきりしている。
アデルソン氏自身が、会社を退いた時のための比較的スムーズな移行の道筋を描いており、義理の息子であり現CFOのパトリック・デュモン氏がトップの地位に就くために長期にわたって訓練している。
3月のレポートの中で、投資顧問会社バーンスタインのアナリストは、アデルソン氏のがんとの闘いは「LVSとサンズ・チャイナに関して投資家の懸念材料となるべきものではない。両社ともに強固な経営陣を有しており、アデルソン氏が会長兼CEOの職務を全うできない事態に陥った場合の社内継承体制は整っている」という見解を述べた。
事業継承計画の詳細は明かされていないが、バーンスタインは、「会社には事業を続ける能力のある経営陣がそろっており、ロブ・ゴールドスタイン社長兼COOとパトリック・デュモンCFOの指揮の下で信頼できる人材によって継続されていく。
サンズ・チャイナのウィルフォード・ウォン社長兼COOとグラント・チ ャム常勤役員、そしてアメリカ、マカオ、シンガポールにいる能力の高い直属の部下たち同様、LVSとサンズ・チャイナの経営陣は経験豊富で強力であり、サンズの組織で長期間その役職についているためにサンズのビジョンと戦略を実行し続けるだけの力を持っている」と付け加えた。
しかし、サンズにとってその航海がすべて順調というわけにはいかない可能性もある。

ある業界アナリストがIAGに話したところによると、アデルソン氏の妻のミリアム氏そして12歳の息子が今後会社の方向性について口を出すことが多くなったとしても不思議はない。LVSの取締役の入れ替えを通じてそれを行う可能性が最も高い。これは、ウィン・リゾーツの筆頭株主であるエレイン・ウィン氏が昨年、元夫でウィンの前会長兼CEOのスティーブ・ウィン氏が倒れた後、大幅な変更を行うために使った戦術に酷似することになるだろう。
世界的カジノ大手であるLVSの日々の業務に関する経験が不足している上層部を残して、63歳のゴールドスタイン氏が道を譲る一人となることも十分考えられる。
アデルソン氏とホー博士は最終的には道を譲ることになる。それでも一つはっきりしているのは、彼らの遺産が今後何十年にもわたって生き続けていくということだ。