代表取締役副会長兼CEO
SJMホールディングス
取締役
ソシエダーデ・デ・ジョゴス・デ・マカオ SA
パワースコア: 1,006
昨年の順位: 23
評価理由
• 何十年もの間、スタンレー・ホー(何鴻燊)氏の右腕として活躍
• スタンレー・ホー(何鴻燊)氏の葬儀で取り上げられた有名なカリグラファー
SJMとその前身であるSTDMでの約45年間において、アンブローズ・ソー氏がこの業界の生き残りであることは明白である。いまや、ソー氏がSJMも生き残らせる時が来た。以前は独占者であったSJMが、コタイで最初の施設として間もなく開業予定であるグランド・リスボア・パレスは、スタンレー・ホー氏によって設立されたコンセッション保有者にとって、成功か失敗かの分かれ道となる事業である。
ホー氏が2009年に浴室で倒れて以来、SJMがマカオのゲーミング市場シェアを再び握りはじめたが、同社の道のりは着実に下降線を辿り、昨年のシェアは14.1%となった。課題の多くは、マカオのゲーミング界の中心が半島からコタイへと移ったことだ。
スタンレー・ホー氏の経歴を事実上終わらせたその転倒事故は、コタイ地区最初の統合型リゾートであるベネチアン・マカオの開業後2年もしない間に起きた。2008年8月にお披露目されたサンズ・チャイナプラザ/フォーシーズンコンプレ ックス、その後同地区で第3番目のIR施設となったメルコのシティー オブ ドリームス開業からわずか数週間後のことであった。おそらくホー氏はその時までに不吉な前兆を感じていたであろうが、我々は同氏がそれにどう反応したのかは知る由もない。
我々が知っているのは、アンブローズ・ソー氏がどのように反応したかだ。ソー氏はSJMの最高上級管理者として、1976年当時はSTDMであり過半数株保有者であったが、同社を前進させ続け、またホー氏の4人の配偶者と17人の子孫から成る大家族によって生じる免れない問題により、出世街道から外れることを避けることができる最適な地位にいた。結果は皆さんが判断するほうが良い。
SJMは失われた10年以上を取り戻すことは出来ないが、3,900億香港ドル(約5兆2,210億円)相当の価値があるとされるグランド・リスボア・パレスで事態を正常な状態に戻しはじめることが出来る。数百ものテーブルや、ビッグタイムの小売りと30以上のF&Bオプションを加えつつ、その1,900の客室は、実質的にゲスト収容人数ををSJM経営下で2倍にするだろう。
GLPは、2007年のグランド・リスボア開業以来、SJMが完全管理する最初の新施設となるだろう。半島にあるSJMの旗艦店は、スタンレー・ホー氏が数十年前に元々リスボアで行ったような、客室、フード、ゲストサービスを通じて市場水準を高めたのと同じような手法で、サンズ・マカオに対する有効な対処をした。SJMがその創設者なしに遺産をうまく継承できるのかどうかという疑問は残ったままである。残念ながら、十数年後の答えは誰にもわからない。