Inside Asian Gaming
2020 年 3月 IAG JAPAN 89 “We go to work where other people go to play. It’s an exciting industry. It’s dynamic and interesting to this day, and I still enjoy being a part of it.” 「私たちは、他の人が遊びに行く場所に仕事をしに行くんです。ここは刺激的 な業界です。今日に至るまで、ダイナミックで興味深い。そして私はまだその一 員であることを楽しんでいます」 フォーカス ス ロットマシンの中の仕組みを初めて知ってから 40年、ケン・ジョリー氏にとってその興奮は衰え ることがない。 「私たちは、他の人が遊びに行く場所に仕事を しに行くんです」そうジョリー氏は言う。「面白い 言い回しでしょう。ここは刺激的な業界です。今日に至るまで、ダイ ナミックで興味深い。そして私はまだその一員であることを楽しん でいます」 最近では、61歳のジョリー氏は業界で最も認知されている人物 の一人になっている。1989年にオーストラリアのスロットマシン大 手のアリストクラートでキャリアをスタートさせ、その後2010年に シャッフル・マスター(SHFL)に移ったジョリー氏は、SHFLが2013年 にバリー・テクノロジーズに買収された時、そして世界のゲーミン グシーンに真の帝国を創り出した12カ月後のサイエンティフィッ ク・ゲームズによるバリーの買収時、共にその動きの真っ只中にい た。 その分野に関する彼の経験は時宜にかなったもので、最初は技 術者から始まり、その後すぐに営業へと移ったジョリー氏は、アリス トクラートでの31年間に、オーストラリアやニュージーランドから 米国、ヨーロッパまで世界各地に赴任した。 しかし、ジョリー氏がそのレガシーを築いてきたのはアジアだっ た。 ジョリー氏は、アジア市場への初進出についてこう説明する。 「2001年はロンドンで1年間過ごしましたが、その頃マカオでは、( カジノ)法が改正されているところでした。そしてアリストクラート はアジアにオフィスを持っていなかったのです。 会社はオーストラリアからマシンを持ってきていましたので、ア ジアに行ってオフィスを開くチャンスを与えてくれたのです。驚くほ ど素晴らしい機会でした。我々はマカオ、そしてアジアの残りの地 域でアリストクラートのマーケットシェアを60%近くにまで広げま した。非常に大きな成功を収めました」 また、独特の課題が次々と押し寄せる市場において、ジョリー氏 は急激に知識をつけていった。 ジョリー氏はこのように振り返る。「マカオでは、コンセッション の導入前はその市場のスロットマシンには焦点が当てられていま せんでした。 SJMのネットワークに800台か900台のマシンがありましたの で、課題の一つはスロットがその市場で上手くいくというメッセー ジを伝えることでした。世界の他の場所ほどまだ大きなマーケット ではありませんが、確実に成長しており、特にマスの部分に置いて その価値を証明しています」 ジョリー氏は、文化の違いに適応し、なじみのない環境でビジ ネスを行うことはさほど難しい事ではなかったと言う。 「アジアオフィスを開設して運営するよう言われた時は不安が
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